MISIMA

秋月ねづ

「つまり君は、中年のおっさんと同棲してる、君の初恋の女のところに、そのおっさんの娘と一緒に行ったわけだ」
 飯塚くんは僕の長い話を一言でまとめた。僕は頷いて、飯塚君の駐車場の砂利を一つ拾い上げて、藪に投げた。飯塚君は呆れたようにため息をつく。
「何て利益の無いことを。君がそんな事のために車を持って行ってしまったから、僕はその間、歩いて通勤してたんだぜ」
 飯塚君はそう言ったが、彼の家から会社までは歩いても五分くらいなのだ。
「感謝してるよ。ありがとう、車を貸してくれて」
 僕がそう言うと、飯塚君は徒歩通勤の冗談が通じなかったのかと、勘違いして、少しすまなそうな表情をした。
「なに、いつでも言ってくれよ。また貸すから。どうせ俺は車が無くても生活できるのさ」
 彼はそう言って、僕はもう一度お礼を言った。
「それにしても」
 と飯塚君は言った。
「あんなところ、擦りやがって」
 飯塚君はカローラの左前のバンパーを指差した。僕は吹き出してしまう。
「アレは君が二ヶ月前にフジスーパーの駐車場のブロックに擦ったところじゃないか」
 僕がそう言うと、飯塚くんはニヤリと笑う。
「言ったっけ?」
「助手席に乗ってたよ」
 僕は言った。僕らはそのただっ広い砂利の駐車場の出口に向かった。飯塚君は首を捻って僕に言う。
「さっきから思ってたんだけど、君、同級生の親に今回のことを報告した方がいいんじゃないか?」
 僕らは立ち止まった。僕は自分のことに気を取られて、すっかりそのことを忘れていたのだ。
「飯塚君。すまないけど、車を貸してくれ」
 僕がそう言うと、飯塚君は乱暴に僕に車の鍵を渡した。
「いつでも、どうぞ」

 僕は飯塚君に手を振って車を駐車場から出した。隣町まで車を走らせながら、水谷ヨウコの両親にどう言うべきか考えていた。男と住んでいることを知ったら、彼らはショックを受けるだろうか? 僕はため息をついた。何にせよ、ありのままに言うしかない。僕は思った。それが一番いいだろう。僕は気を使って何かをするような立場ではないし、見たままを話せばいいのだ。僕は水谷家に車を乗り入れて犬に吠えられたとき、前にここに来てから五日しか経ってないことが不思議に思えた。結構色々なことがあったのだ。僕が車を降りると、水谷の母親が姿を見せて僕にお辞儀をした。

「ヨウコさんに会いました」
 五日前と同じように座って、お茶を飲みながら僕はそう切り出した。父親は僕の顔を見て、母親も動きを止めた。
「で? どういう生活をしてるのかね? 元気だったかね?」
 父親は僕を急かすように幾つもの質問をする。僕は頷いた。
「元気なようでした。今、彼女は横浜にいます。安西裕子さんの旦那さんと暮らしています」
 僕は思い切って単刀直入にそう言った。辛い宣告だったが、ずるずると引き延ばしたところで、彼らのショックは強くなるばかりだろう。と僕は思ったのだが、水谷ヨウコの両親はショックを受けなかったようだ。二人の顔は明るくなり、にこやかに頷き合った。
「よかった。それなら良いんだ」
 と父親は呟いた。僕は予測を裏切られた形になり驚いた。僕はヨウコの両親が僕と同じように、悲しんでくれると思っていたのだ。何で年頃の娘が中年と同棲してるのが良いんだ? とほとんど憤慨せんばかりだった。
「何が良いんです? 嫁入り前の娘が男と住んでるのに……」
 僕は思わず、そう口走ってしまった。ヨウコは何も教えてくれないし、麻衣は思わせぶりだし、秘密が多くて僕は少しイライラしていたのだ。両親は驚いたように僕を見ると、二人で笑い出した。僕は、笑われたことと、自分の気持ちをつい言ってしまったことで、顔が赤くなる思いだった。
「そんなことを言うところを見ると、君は何も聞かされてないんだな」
 父親は笑いながら、顔を赤くして言う。笑われすぎて屈辱的だったが、僕は仕方なく頷いた。その通り、僕は何も知らないんだ。
「浩志さんは、裕子さんの旦那さんは、ヨウコの本当の父親なのよ」
 ヨウコの母親も同じように笑いながら、そう言った。
「だからヨウコが浩志の所にいるなら、私達は安心なんだ。ヨウコが消えたとき、浩志の所にいてくれればいいが、といつも二人で話していたんだ」
 父親はそう言う。
「それにしても、連絡くらいよこせばいいのに……」
 母親は少し怒ったように言う。
「私達にすまないと思ったんだろ? あの子にはそういうところがあるから」  父親はそう言って安堵したように息をつく。
「あの……」
 僕は二人の会話に口を挟む。
「あの、良く分からないんで、最初から説明して欲しいんですけど」
 ヨウコの父親は思い出したように僕を見て、頷いた。
「私と安西浩志はちょうど十、年が離れているんだが、幼馴染でね。昔から兄弟のように仲が良かったんだ。
 あれは今から、十八年前だったかね。浩志が二十七、今のヨウコと同じ年のときに、あいつは奥さんを失ったんだ。それがヨウコの母親だ。ヨウコはその時、九歳だった」
 ヨウコの父はそこまでの話を確認するように僕を見て、僕は頷いた。「丁度、私の姉の娘、つまり姪っ子が浩志を慕っててね。ヨウコの母親が亡くなってから、浩志のところにせっせと通って身の回りの世話をしたんだ。お互い憎からず思ってたようだし、ヨウコも懐いてたんで、私たちは丁度いいだろうっていうんで、そのままその子を浩志に嫁がせたんだ。それが裕子だ」
 父親は当時を懐かしむような表情を見せた。僕は頭の中で関係図を作りながら話を聞いた。
「そこから少しややこしくなるんだが、浩志と裕子が結婚して、裕子の持ち家がある隣町に住もうって事になって、浩志がアパートを引き払ったんだが、ヨウコはこの町を出たくないって言い張るんだ。どうしても今の友達と別れたくないから、約束したから、この町を離れないって、言うんだ」
 僕は息を飲んだ。その約束という言葉が、僕の脳の底の方で何かに引っかかった。何だろう? 何だろう? と僕は自分に問いかけたが、それは霧のように霞んでいた。
「ヨウコは昔から強情な子でね。一度言い出したら、聞かなかった。そしたら、うちの婆さんがしゃしゃり出て来てね。私たち夫婦に子供がいないんだから、ヨウコを養女に貰えばいいじゃないか。って言うんだ。婆さんは昔からヨウコが大のお気に入りだったからな。シメタという感じだったな。それには浩志も裕子も大反対で、ヨウコを何があっても連れて行くという覚悟だったが、結局は本人の強情と、婆さんの手管に負けて、ヨウコはうちの養女になったんだ」  僕はその話を熱に浮かされたようになって聞いた。つまりヨウコが今一緒に住んでいるのは実の父親で、ヨウコと麻衣は腹違いの姉妹なのだ。
 そして、ヨウコが僕を怒っている理由も僕は思い出した。僕はフラフラと、水谷家を辞した。両親が僕に色々とお礼を言って、野菜とかを持たせてくれたが、僕は上の空で自分の部屋に戻った。
page13
line

back/to misima top