第11章


カタストロフィ

 駆け出す堀田。浮かぶのは微笑み。彼らは互いに笑いあう。
 まるでようやく対等な遊び相手を見つけたかのように。
「無駄だよ」
 曽根は笑う……誰にも邪魔はさせないと、そんな笑みで。
「そんなふうに駆けずり回ったところで……僕の攻撃から逃れられはしない」
 彼は口笛を吹く、堀田の視界に埋め尽すように幾百ものナイフが現れる。堀田に対する敵意、それが形をとったかのように。
「僕の言葉は……君の意識を傷つけるのだから」
 立て続けに降り続くナイフを、紙一重でかわそうとする堀田。それが目の前で動きを変え、彼自身に向かってくるように彼は見えてしまった。
「……クッ!」
 とっさに頭をかばおうとする、だけど間に合わない。堀田の腕と頬を切り裂いて、ナイフは闇に消える。
「君はどうしても避ける事はできないのさ……堀田。僕が君に見せるのは幻……『突き刺さるナイフ』の幻だ。君の意識がそれを肯定する限り、君はそれから逃れる事はできない……」
「嘘をつけよ」
 堀田は流れ出る血を拭おうともせずに言った。
「いや、嘘をついているのは自分自身に対してか。そんなんじゃ……お前、俺に見下されるぜ?」
「……な!」
 絶句する曽根、堀田は靴ずれを直すかのようにトントンとつま先を床に蹴り当てる。
「君が僕を見下す……だと? ふざ、けるな……ッ!」
 曽根の口笛が辺りに響く。ナイフが次々に堀田を襲う。
 だけど堀田はそこに悠然と立ち続ける。ナイフが幾つも幾つも堀田をかすめ、傷つけていく。血が溢れ、何本もの河のように彼の体を伝い、床に血だまりを作っていく。
 それでも堀田は身じろぎ一つしようとはしなかった。
「……何をやっているんだ?」
 堀田は一歩歩み出す、曽根へと向かって。
「そんなんじゃ……俺を殺せないぜ。覚悟が……足りないんじゃないのか? 何を躊躇っている。お前が狙うべき場所は……」
 堀田は首に親指を当て言い放つ。
「ここだろう?」
 そのまま堀田は歩み寄る。まるで殺される事を望んでいるかのように。
「僕に近づくなッ!」
 曽根の前に壁が出来る。何本ものナイフが宙に止まり、曽根と堀田を区切っている。まるで彼らを隔てる壁のように。
「嘘吐きめ」
 堀田はそれでも歩みを止めない。一本のナイフが彼の頬に刺さり、グサリと深く深く彼の頬に傷をつける。
「なぁ……息を吸え、そして覚悟を決めろ。俺を殺す覚悟を」
 頬の傷から血がドクドクと流れ、堀田を朱に染めていく。その姿は何故か、嬉しそうで。
「足りない、足りないんだよ……曽根。殺すつもりで来い。俺をもっと傷つけろ、もっと深く……殺すほどに」
 曽根が一歩後ずさる。
「なぁ……なんで逃げる? 意識に直接イメージさせるなら、どうして最初の攻撃で俺が死なない? お前……本当は俺を殺そうと思ってないだろ? 何か……隠してないか?」
 曽根がその言葉に激昂する。
「隠す? 僕が君に何を? 僕は……君を殺す。彼女を殺した君を。それを彼女も望んでいるのだから!」
「それは嘘ですね」
 二人はハッと動きを止め、次の瞬間に階段の方へ視線を向ける。
 そこには涼しげに笑う早枝の姿があった。
「ちゃんと見えましたよ。曽根君が口に出した言葉の形が……キチンと歪んでいるのを」
「……佐伯!」
 曽根の唇から甲高い音が響く、ナイフが佐伯を襲う。
「ごめんなさい……私は言葉の形が見えるんですよ。だから……」
 佐伯の口から多くの言葉が零れだす。それは歌のように広がると、辺りを包んだ。
「どうすれば、その形を変えられるのかも分かるんです」
佐伯の言葉に包まれ、曽根の攻撃は文字通り雲散霧消する。
「まあ……かわす事しかできないんですけどね。堀田君……何か、私の言葉から分かりましたか?」
 また階段の方へと身を隠す佐伯の姿を見て、堀田は強く頷いてみせた。
「十分だ……ありがとな」
 佐伯はその言葉に嬉しそうに笑った。
「さぁ……曽根、真実を明らかにしよう。お前は……」
 堀田の意識が収束する。イメージする。
 曽根が真実を突かれ、苦痛に顔を歪めるイメージを。
「秋庭を殺したのが……自分だと思っているんだな?」

 彼から逃げ続けている秋庭史麻を曽根が問い詰めたのは、卒業も間近になった早春の事だった。
 学校帰りの路上で、彼は史麻を見つけた。辺りには人通りが無く、彼らは思いがけず二人きりになる事が出来た。
「どうしたんだよ……僕の事が嫌いになったなら、そう言ってくれ。それなら僕は……君に二度と関わろうとはしないから」
 苦痛を押し殺すような曽根の声、それを聞き史麻は悲しそうに笑う。
「……同じように優しいんだよね、みんな」
「どういう……事だ?」
 だけど史麻は問いに答えようとはしなかった。
「ううん……ただ、私は気づかない間に人を傷つけているんだな、って……そう再確認していたの」
「そんな事ない」
「あるの!」
 強い否定。そんな風に彼女が、彼の言葉を否定した記憶は曽根にはなくて。
「わた、私ね……曽根君の事をきっと、代わりにしていたの」
「代わり?」
 史麻は寂しく頷く。
「うん。私……従兄の事がずっと好きだったの。その人に曽根君は良く、似てるの……。それを……この前、指摘してくれた人がいて……」
 予想外の事実に曽根は表情を曇らせるが、彼はすぐに言い返す。
「僕は……気にしないぜ」
 史麻は返事をしなかった。ただ黙ってふるふると頭を振る。
「駄目。私が気にしちゃうから……だから、駄目。私はもう……誰にも関わらない方が良いんだよ」
 曽根は一歩、史麻に近づく。彼女は一歩、彼から遠ざかる。
 その時、不意にノイズが彼らの耳に響いた。それは冷たい空気の中に響く蝉の声みたいに聞こえて。
「何で……そんなに傷ついているんだ?」
 曽根の目に深い傷が見えた。それは史麻の胸の辺りに大きく深くついていて、そこから留まる事がないように血があふれ出てきていた。
 それが史麻の心についた傷なのだと、漠然と彼には分かった。
「見えるんだ……同じ、だね」
「誰か……僕以外にも、こんな風に?」
 曽根の言葉に、史麻は微かに頷いてみせる。
「私が好きになる人って……みんな、どこか似てるみたい。従兄も、貴方も……あの人も。みんな……見ているだけで息苦しい程に、辛い生き方をしている」
「……あの人?」
 史麻は困ったように笑ってみせる。
「うん……その人がね、言ったの。私は曽根君の事を代わりにしているだけだって。それで……考えたの。ちゃんと考えたの。私……従兄の代わりに、あの人の代わりに、曽根君の事をしていないか……。それで……それでね……」
「もう、いい」
 曽根は史麻を優しく抱きしめる。優しく背を撫でる。
「僕はそれでも構わない。似た誰かの代わりにされるんでも、僕は構わない。だから……だから、離れないでくれ。好きなんだ、君が必要なんだよ……史麻」
 曽根は笑っていた。まるで何も気になどしていないかのように。だけど……その笑みを見て、史麻の表情は強張る。
「ああ……やっぱり似てるね」
 史麻も笑っていた。
 そんな悲しい笑顔を見るのは初めてだ、と曽根は思った。
「何でこう、同じなんだろう……。嫌になっちゃうよ。いつもはどっちも優しくなんてないくせに……どうしてこんな時だけ……」
 史麻は強く、てのひらで押しのけるように堀田を突き放す。それは悲しい強さ。
「ごめん……やっぱり私、無意識にみんなの事、傷つけてる。そんな自分を私……許せそうにない」
「誰かを傷つけるから、って人と関わりを持とうとしないなら……それはただの逃げでしかないはずだ」
「正論ね……でも、正論じゃ人の心は動かないよ……」
悲しそうに史麻。一歩二歩、彼女は曽根から離れていく。
「僕を……見捨てるんだな」
 曽根の口調に冷ややかさが混じる。彼は認められなかった、自分が彼女にもはや必要とされていないという、その現実を。きっと……自尊心が許さなかったのだろう。
「どうして……どうしてっ!」
 彼の視界が真っ赤に染まる。血が昇ったせいだ、何も考えられない。
 彼女を傷つけたい、その欲求以外は。
「チクショウ……何で……チクショウ!」
 言葉が出ない、ただ彼は幼稚な感情に突き動かされる。そして彼の口から……甲高い声が響き渡った。
 視界を埋め尽くす、幾千ものナイフ。
 史麻の顔が驚愕に歪む、曽根の顔が愉悦に歪む。
『僕から離れていくなら……消えてしまえ』
 ナイフが一斉に放たれた。そういう風に彼女には見えた。彼女の口から悲鳴が漏れる。
 そして……曽根はその声を聞いてようやく、自分がしようとしている事の意味を理解する事ができた。
『僕は……何をしているんだ!』
 曽根は再び意識を集中する。今度は彼女に見えるナイフ、そのイメージを打ち消すための歌声を紡ぐために。
 曽根の口から滑らかに旋律が放たれる。それは辺りに響く物音を全て飲みこんでしまいそうに大きく、二人には聞こえて。
 ナイフが勢いをつけて史麻の目前に迫る。そしてそのナイフが今にも彼女へと突き刺さろうとした時……。
 パリン! 壊れる音が聞こえた気がした。粉々に砕けるナイフのイメージ。
「史麻……ッ! ごめん、僕は……僕はなんて事を……!」
 悔恨に満ちた声。彼は自分のした事が信じられなかった。自分がそんな幼稚な事をしようとするなんて信じられなかった。勢いに任せて人を傷つける……冷静でありたいと、彼はずっと思っていたのに。
 だがそれは愛情の裏返しだった。曽根は史麻の事を愛していた。必要としていた。突然の別れの宣告、自分が誰かの代わりでしかなかったという事実、彼女の従兄や彼女の言う『あの人』への嫉妬、それら全てが彼を打ちのめす。まるで……世界の全てが自分を必要としていないようにまで感じられる。
 その激情が彼を押し流した。『相手を傷つければ楽になれる』と、安易な方向へと。
 彼は手を伸ばす……「ごめん、そんなつもりはなかったんだ」……せめて、謝ろうと、償おうと。
「ひっ……!」
 だが彼女はその手から逃れようと足を引く、歯がガタガタと恐怖で噛み合わない。
『僕は馬鹿だ……史麻が傷ついている事を知りながら……更に深く傷つける事しかできないなんて……』
 彼は笑いかける。でも笑顔ですら彼女を怯えさせる効果しかもたなくて。
「い……嫌ッ!」
 彼女は逃げ出す、曽根は見る。
 彼女が逃げ出そうとする先、そこに一台の乗用車が走り来ているのを。
「史麻……危ないッ!」
 曽根は手を伸ばす。彼女を助けようと、捕まえようと。そして曽根は史麻の手をつかみ……。
 史麻は信じられないほどの強い力で、曽根の手を振りほどいた。
「あ……」
 史麻の顔がその時になってようやく、
走り来る車に気づく。
 急ブレーキの音と鈍く重い音と……赤く染まる視界。
「史麻……?」
 なんとか、それだけを曽根は口にする。彼の思考はオカシイくらいに停滞していた。何も考えられない。走り去る車のナンバーを見ようとか、そういう事すら思い浮かばない。彼はひざまずく。
「僕……僕は……君を助けようと……なの、なのに……どうして、こんな事に……」
 嗚咽、息をするのが苦しいほどに涙が零れて止まらない。
「僕は……そうか、君を助けるどころか……君を……」血を吐くように苦しげに彼は言う。「殺してしまうんだな……」
史麻の口が動く、何かを必死になって伝えようとするかのように。
「喋るな、今……救急車を呼んでくるから……」
 言って曽根は背を向ける。まるで逃げ出すみたいだ、彼は自嘲する。きっと、その通りなのだろうと思う。
 彼はもう、その場所にいたくなかった。全身の細胞が逃げ出す事を欲していた。自らが犯した罪の重さが、彼を打ちのめし続けた。
「ま……って……」
 消え入りそうな声。彼女は必死に何か言葉を繰り返している。だけどその声はあまりにも小さくて、彼の耳にまでは届かない。
 そして彼は走り去り……そして戻った時。
 そこにはもう……息をしていない史麻の姿が残されていた。

「僕が……殺したって? ああ、そうなのかも知れない。だけど……それを君にだけは言われたくない!」
 ゆらり、と足を踏み出す曽根。その瞳には怒り、憎しみ、悔しさ……そういったモノが歪に絡み合い、澱んだ光を湛えていた。
「そうさ……あれが、僕だけのせいであるはずがない。君が彼女を傷つけたからだ。君が彼女に余計な事を言わなければ、僕は彼女を傷つける事も……こ、殺す事もなかったのに! 君のせいだ! 彼女が死んだのは、みんなみんな君のせいだ!」
「……良い目をしているな」
 堀田がおどけるように、しかし嬉しそうに言う。
「ようこそ、歪んだ世界へ。やっとお前と友達になれそうだな」
「君の意見は二重に間違っているよ。歪んでいるのは君だけだ……そして、君と僕は友達なんかにはなれない、永遠に。何故なら……」
 甲高い音が夜空に響く。
「君はここで死ぬからだよ」
 抑揚のない声、動かない視線、彼の態度、その全てが語っていた。覚悟は決まったと。
「サヨナラ。君の全てが僕には……イラナイモノだったよ」
 耳元で囁かれたような気がした。堀田は慌てて身を引こうとする。だが遅かった。
 暗闇から不意にナイフが現れ、堀田を襲う。
「くっ!」
 かろうじてかわせると思った。だが。
「僕は躊躇わないよ」
 聞こえた。同時にありえない角度でナイフが宙を曲がる。
 防ごうとした手をも跳ね飛ばし、ナイフは堀田の首筋を深く切り裂いた。
「おい……シャレになってないじゃないかよ……」
 覆う手のひらから溢れ出すように血が流れる。
「なんだ、死ななかったか……。まだ覚悟が甘いのかな?」
 微笑みさえ浮かべて曽根。彼は傷の深さに動けない堀田の横に来ると、足で思いきり顔を蹴り飛ばした。
 受身も取れずに倒れ伏す堀田を、曽根は見下す。
「死になよ。きっと彼女は君が来るのを待ってる……僕たちを、彼女はきっと恨みながら死んでいったのだから……」
「じゃあ……お前も死ねよ」
 黙って曽根は堀田を文字通り踏みにじる。苦痛の嗚咽が喉から漏れる。それを曽根は風の音のように聞き流した。
「嫌だよ……自分が死ぬのは痛そうで嫌だ、だから代わりに君を殺すんだろ?」
「良いね……俺好みの返答だ。だけど……」
 堀田は最後の力を振り絞り、跳ね上がると走り、曽根から距離を置く。
「悪いな、俺はお前が死ぬべきだと思うぜ。お前が行けば……彼女はきっと寂しくないだろう。俺が行くのなんかよりも……ずっと、ずっとな……」
 曽根の耳に、堀田の耳に、ノイズが届く。それはシンとした空気の中、全ての物音を消し去るほどに大きく。
「俺はだから……全力で力を使う。精神的な痛みで、お前が生きる事を望まなくなるほどに、お前を傷つけてみせるぜ。だから……泣き喚きな、苦痛で息も出来ないほどに」
「その前に君が死ぬさ」
 二人は笑いあい、そして互いに力を込め始める。二人とも……全てを終わらせるために。
 そして、曽根の口から甲高い音が漏れた。
「……!」
 堀田の胸にナイフが不出来なオブジェのように刺さり、そしてそれが段々と奥深いところに移動しようとしている。
 だが、堀田は叫び声一つ上げようとはしなかった。彼は歯を食いしばり、意識を練り上げる。
「間に合わないよ、堀田。僕はもう……君のどんな言葉にも傷ついたりしない」
 堀田は答えなかった、ただニヤリと口元を歪ませた。そして……。
 彼の口から言葉が溢れた。

『カシャン……』

 それは言葉と言うには余りに非現実過ぎた。何かが砕け散る音がしたと同時に、二人の目には過去の曽根と史麻の姿が映った。
 彼女が、死ぬ時の場面だ。
「これは……」
 蒼ざめた口調で曽根が言い、頭を強く左右に振る。
「そうか……これをもう一度見せれば、君は僕が傷つくと思っているのか。残念だったな……もう僕はこれ以上、史麻の事で傷ついたりしない!」
 堀田は黙って顎をしゃくる。史麻の方へと。
「俺は聞こえない……彼女が何を言っているのか。それは俺が聞いた事がないからだ。でも……お前なら聞こえるはずだ。お前は彼女が何を言っていたか……聞いていたはずなんだから」
 曽根は動揺する。
「彼女が……何を言って僕を責めていたとしても……関係ない! 僕は……」
 歯を食いしばる曽根。彼女の言葉を聞いて、傷つく事を堪えようと。
 けど……聞こえてきたのは、彼が予想もしていない言葉だった。
「ごめん……」
 史麻はただ、何度もその言葉を繰り返していた。曽根はずっと、その言葉から耳を塞いでいた。
「え……?」
「聞こえたか? 曽根。聞かなくても俺には分かるぜ」
 堀田はひどく寂しげに言った。
「彼女は……どんな時でも、お前を責めるような女性じゃなかった」
 繰り返される謝罪の言葉。『ああ、そうだ。彼女はこんな声で喋っていた』曽根は思い出す。自分を責めないとやりきれなくて……彼女の謝罪の言葉を聞こえないと思いこんだ過去の事を。
「僕は……僕は結局、自分のためだけにしか生きていなかった。彼女に許される事を望んでいなかった。だから……僕らが彼女を殺したのだと、そこから動きたくないと思いこもうとしていた」
「だけど……彼女がそれを望んでいなかったとしたら」
 曽根は苦しげに頷く。
「ああ。それはきっと……彼女の意思を裏切る事になる」
 曽根は耐え切れずに泣き喚く。それは息をするのも苦しそうなほどに、激しく。
「ふん……お前が苦痛に泣き喚くイメージをしたつもりが……どうやら失敗してしまったようだな」
 堀田の苦笑。『カシャン!』再び音がする。彼らに見えるのは元通りの世界。そして、堀田の胸からはナイフが消え去っていた。
「僕にはもう、君を殺すだけの理由がない。彼女がそれを望んでいない以上、少なくとも今は……それだけの覚悟を持つ事は出来ない」
「それじゃ……楽しみにしてるぜ」
 一呼吸おいてから堀田は続ける。
「もう一度……お前が俺を殺したいと再び願う日の事を。俺を殺して良いのは……お前だけだからな」
曽根は楽しそうに笑った。
「楽しみにしていると良い」
「ああ、そうするさ……どうせ、そんなには遠くないさ、お前なら、な」
「ん……?」
 不思議そうに眉をしかめた曽根。だがすぐに気を取りなおして背を向ける。
「僕は……行くよ。君の前にはもう姿を現さない。でも……僕は君の事を許せた訳じゃない。君は彼女を傷つけた、その事実は変わらないのだから」
 言い聞かせるように曽根。
「だから……かならず戻ってくる。今度はどんな事があっても心が揺らぐ事なく、君を傷つけられるように、殺せるように……ね」
 足音も立てずに、曽根は遠く離れていく。闇に溶けるように。
 そして、堀田だけが取り残され……彼は言った。
「佐伯……いるんだろ? 助けてくれよ……血が止まろうとしないんだ」

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