平凡な男の日曜

秋月 ねづ
 最近、僕は変わった男だと言われる。僕自身はそうは思わない。
 そもそも彼らは誰を基準にして、僕を変わってると言うのだろうか? 何処かに絵に描いたような普通な男がいて、あまりに普通に生きているから、ワールドスタンダードに指名されたのだろうか? その時点で彼はいささか変わった人生を歩んでいると僕は声高に指摘したい。そうだ。少なくとも僕よりは変わっている。
 そう思いながら、僕はもそもそとサンドイッチを食べた。僕はたまごのサンドイッチが好きで、ハムとレタスのやつも好きだったので、その二つを一緒にパッケージングすることを決断した、そのコンビニを熱烈に支持していた。百年前のイギリスの労働党支持者みたいなものだと思う。イメージだけど。あくまでも。
 僕は今みたいな日曜日の午前中を愛していた。雨の日よりも、晴れの日の方を多少贔屓にしていたが、僕には雨だからといって彼の価値が減じることはないと、彼の涙を手のひらで受け止める度量があった。
 今日は幸い晴れだった。僕はキックボードに乗って近所のスーパーに向かう。洗濯物をベランダに干した後。白いワイシャツが風にはためいているのを見上げて、僕はキックボードのアームを伸ばした。
 2002年5月現在。キックボードはもう流行という濁流から見放されていた。僕が彼を見つけたときには、とんでもない安値がついて、ワゴンに山済みにされていた。僕にとっては文句無いけど、彼のために弁護すると、時流から離れたことで、彼の能力が少しでも下がったというのだろうか? 否。
 僕が咥え煙草でスーパーに向かう途中も、小学生に指差されて「昔、流行ったやつだ」と言われた。僕は少し悲しい気持ちになったけど、小学生たる彼の生きた時間の総和から考えれば、時の流れというものは、僕に比べて著しく速いに違いないのだ。
 どちらかと言うと、僕の生きるペースは遅かった。自分の人生のイメージとして、僕はいつもニューヨークシティマラソンを連想するんだけど、僕がセントラル・パークに入ることには、観客もボランティアも既に引き上げた後で、ゴールも片付けられてて、野良犬が僕を不思議そうに僕を見上げていた。

 スーパーではピーマンが安売りだった。

 別れた女は僕に「あなたは優しすぎるのよ」と言ったが、それはあまりにも悲しい言葉だった。それは「このケーキは甘すぎる」と同じ感じだ。ドコが同じかというと、もう出来上がったものから減らすことが出来ない点だ。そして僕は食べ残される。
 僕は自分が変わっていると思わないのと同じように、優しいとも思わない。何処かの優しい国に……、もうこれはいいや。基準はそれぞれの心の中に。一昨日のお昼、狸そばに山ほど唐辛子ををかけて僕を驚かせたあの秘書課の女の子のように、病的に赤が好きな人だっているんだ。嘘。彼女は辛いのが好きなのだ。
 試しに僕は聞いてみた「甘い男はどう?」「いいわね」と彼女は言ったが、彼女がどんな男を思い浮かべたのかは分からなかったけど、少なくとも僕ではなさそうだったので、僕はいささかガッカリした。
 女の子に「あなたが好きよ」と言われるのはいい気分だ。定期的に言ってもらえるとありがたい。でも、日曜日を1人で過ごしている僕は誰にも言ってもらえる可能性が無い。携帯電話のサービスかなんかにそういうのがあればいいのに。*6587を押すと、センターに繋がって、テープが流れる。「あなたが好きよ」ちなみに*8796は「あなたって素敵よ」そういうのって、ポジティブに考えれば、凄く元気が出ると思う。ナポレオンの後について冬のアルプスを越える時とかに役に立つかもしれない。心温まるという意味で。
 僕は基本的に嘘つきである。

 僕はあんまり音楽に詳しくないけど、日曜の昼に聴くなら、ボサノバっていうのが好きだ。僕の部屋にはテレビが無いから、時々音楽が聴きたくなるのだ。僕はユックリと時間をかけてグレープフルーツを絞る。突然カンパリグレープが飲みたくなったからだ。僕の部屋には何故かグレープフルーツ絞りがある。僕が欲しいといったら、友達が居酒屋で飲んだ帰りお土産に持ってきてくれたのだ。
「終電無いんで今から泊まりに行っていいか?」と彼は訊ねた。「いいよ」「お土産は何がいい?」「グレープフルーツ絞り」「よし、『おねえさーん、生グレープフルーツ・サワー一つ』じゃあ、あとで」「うん。後で」彼はとてもいい奴だ。とても限定された意味でだけど。
 僕はロンググラスに氷を入れて、カンパリを注いだ。そして絞ったグレープフルーツを入れて、ソーダ水を少し入れる。完成。僕はそれを持ってベランダへ出た。
 1人でいるとついつい女の子のことを考えてしまう。僕は1人でいるのが好きなのだけれど、女の子と2人でいるのもそれと同じくらい好きなのだ。だけれど、女の子と2人でいるときに、僕1人でいることは出来ない。ジレンマ。  部屋の中からは「イパネマの娘」が聞こえてくる。洗濯物を触ると大体乾いてる。
 僕はカンパリを啜る。僕は人よりだいぶお酒に詳しい。それは人生の大事な時間の一部を、お酒の為に費やしたことを意味するだけだ。26歳に人間に与えられていた時間は皆等しく26年間であり、僕のトモダチが早稲田大学法学部で法律を学んでいた頃、僕はBARでアルコールを学んでいただけだ。アルコール学部ホワイトスピリッツ科・専攻ジン及びラム。彼は法律に詳しくなり、僕はアルコールに詳しくなった。どっちがいいとは言えないというのは、多分僕の強がりだろう。アルコールを飲みながら法律に詳しくなれたら素敵なんだけど……。ちなみに僕は法律なんて興味は無い。何でそんなことを言うかっていうと、僕はそのトモダチが大学に行ってる間、彼とろくに飲めなかったからだ。今、彼は弁護士で僕とは違う世界で生きてる。2人はもう交わらない。悲しい。
 突然、僕は日曜日が終わりに近づくのを感じた。まだ日は高いけど、僕の気分的にはもう、日曜日は終盤なのだ。洗濯物を取り込んで、夕飯の支度をしたら、それであらかた終わる。1人で過ごす日曜日が切ないのは、きっと色々なことを考えるからだと思う。
 僕はカンパリを飲み干した。次は何を飲むだろう。きっと寝るまで何かを飲み続けるんだろうって思う。洗濯物を畳んで、食事をする間もずっと。そうやって僕は、自分から徐々に流れ出た何かの代わりにアルコールを補充していく。  これまでもそうやって何とかしてきたし、これからもそうだろう。僕自身はこれが平凡な男の日曜日の過ごし方だと思うのだけれど。

 どうだろう? 

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