動物園のダブルデート
秋月 ねづ
「それでね、ビルフラン様は目が見えないから、彼女が孫娘だってことが分からないの」
竹内さんはそう言いながら、柵から体を乗り出して、スルスルと泳いでいくアシカに触ろうとするが届かない。もともと届かないように柵を作ってあるからだ。 僕は竹内さんが水の中に落ちないようにリュックの紐を握って柵によりかかり、木陰のベンチに座って話し込む佐々木と安藤佳子を見た。 佐々木は右手に持ったリボンオレンジの缶を大きく動かして熱弁を振るう。 あいつはダブルデートツアーの中で徐々に『初対面の女の子とどう接するべきか』を掴みつつある。 僕は微笑ましい気持ちになった。 「盛り上がってるね」 そう言って、竹内さんは僕と同じようにアシカプールの柵に寄りかかった。 僕は肯く。僕の戦友として幾つものダブルデートを転戦して来た安藤佳子もくつろいで笑っている。どうやら佐々木には素質があるみたいだ。 佐々木が善戦している安藤佳子は歴戦の勇士なのだ。 並みの男なら一刀で切り捨てられる。 「ねえ、象が見たいんだけど」 と竹内さんは言って、僕は肯いた。竹内さんは僕を促して、山の上の象舎に向かう階段をトントンと登っていく。 ベンチの二人を見ると、佐々木がちょうどこっちに目を向けたので、僕は象舎を見上げ指差した。佐々木は肯いてまた話を続けている。 僕は竹内さんを真似て、階段を一つ飛ばしに登っていった。 階段を登りきると竹内さんは既に柵にもたれて、象を眺めている。象は竹内さんの前でカサカサした長い鼻をコンクリートの壁に擦り付けている。そのゾリゾリという音はひと気の無い象舎に意外と大きく響く。 「あのコ、可愛いね」 竹内さんは象を見ながらそう言ったが、どうやら象のことでは無さそうだった。 「安藤佳子?」 僕がそう訊くと、竹内さんは肯いた。 「まあね。あの子は僕の中学の同級生なんだ」 とだけ僕は言った。まさかこのダブルデートツアーのパートナー資格に容姿端麗の項目があるとまでは言えない。 「何で、人に紹介しちゃうの?」 と竹内さんは訊く。 「そういう子は箱に入れて仕舞っといた方がいいと思う」 そう言って、竹内さんは冷ややかに僕を見た。 竹内さんの冷ややかな目はとても怖い。僕はため息をついた。 「僕とあの子はあんまり合わないんだ。たまに遊ぶくらいなら楽しいんだけど」 僕はそう言った。 「合わない? どんな風に?」 竹内さんにそう言われて、僕は考える。 「そうね。例えば僕と安藤佳子が誰かに、二人とも聞いたことも無い、何かを持ってこいって言われたとする。うーん、例えば『まるあん』っていうお菓子を持ってきてって」 「『まるあん』ってどんなの?」 竹内さんは訊く。僕は笑う。 「知らないよ。今、僕が作ったんだもの。 とにかく、『まるあん』を競争で取って来いって言われたとする。 それは丸くて中にアンコが入ってる。どこそこにあるから、って。 そこでもう佳子は走って居なくなってる。僕はそれじゃあ分からないから、質問をする。『色は?』とかね。僕が訊いてる間に佳子は戻ってくる。 でも手に持ってるのはただの温泉饅頭で、違うって言われて、もう一度取りに戻る。 それで佳子がアンマンだとかおはぎとか何とかを色々持ってくる間に僕は大体特徴を訊き終えて、立ち上がる。 それで取りにいって正解を持ってくる。 佳子も同じくらいの時間で『まるあん』を持ってくる。 でも、同時に正解を見つけて来てもお互いに良い気はしないんだ。 僕は佳子の探し方を無駄だと思うし、佳子は僕の探し方はサボってるみたいに感じる。 合わないのはそういうところなんだ。 しょっちゅうお互いのやり方に疑問を持つ二人が一緒にいたら辛いだろ」 僕は竹内さんを見る。彼女は神妙に頷く。 「だから、僕はこういうところに佳子を呼んで、彼女に合う奴を見つけてやりたいと思う。『まるあん』を一緒に走って探してくれる相手をね」 僕はそう言った。 「あたし、『まるあん』食べたい」 竹内さんはそう言って笑う。そしてすぐに、彼女は笑いを止めて僕の顔を見た。 「で、あなたも一緒に座って正解を考えてくれる相手を探してるわけだ」 竹内さんは僕の話が分からなかった訳では無さそうだった。 「まあね」 と僕は言った。象は鼻を擦るのを止めて歩き出し、僕らはその行方を見守った。 象は中央ほどに立ち止まってそのまま鼻をブラブラさせている。 「なんでさ」 と僕は訊く。最初から気になってたことだ。 「なんで竹内さん、佐々木のパートナーになったの?」 竹内さんは何も言わずに、ははは、と笑う。 僕の疑問は深まる。本来、クラスメイトをパートナーにするのはルール違反のはずだ。 だけど、それが竹内さんならばどこからも文句は出ない。断言できる。 みんな竹内さんのことは気になっているんだけど、竹内さんみたいな子をデートに誘うのは難しい。 そんなことを言ったら、鼻で笑われるとみんな思ってる。 つまり誰にとっても『たなぼた』的幸運だ。 そう、もうデートツアーも中盤だ。僕は竹内さんが行った他のデートが気になった。 僕は頭の中でこのダブルデートツアーのスケジュール表を広げた。 「もう五十嵐とは会ったんだろ? それから篠永か。みんな何か言ってなかった?」 僕がそう言うと竹内さんは象を見て、ニッコリと微笑んだまま首を振った。 「会ってないよ」 そうか、もしかしたら佐々木は人によってパートナーを変えてるんだ。 僕はそういう可能性もあるというということを失念していた。 「私はねえ」 竹内さんは僕の顔を見る。 「対あなた用の秘密兵器なんだって」 彼女はそう言って笑った。 to short story index |