人込み都会のワンピース

秋月 ねづ

「ありがと」
 僕は袋を受け取って店の外に出る。
 プラタナスの木陰、大通りの歩道の白いガードレールに、茶色く跳ねた短い髪の女の子が座っている。黄色のTシャツに紺の七分丈パンツ。白いくるぶしとオレンジのスニーカー。僕はその女の子の、竹内さんの黄色い背中をトンと叩いた。竹内さんは不機嫌そうに肯いてガードレールからズルズルと降りる。僕らは歩き出して、木陰から出ると彼女は陽射しに目を細めた。
 僕は仕方ないな、とため息をつく。僕らは大通りを外れて人気の無い小さな道へと入る。人ごみの日曜も大通りを一本外れてしまえば、静かな道になる。
「ねえ」
 と僕は言うが、竹内さんは黙っている。僕は竹内さんの小さなウエストポーチから伸びる黒いラインを、彼女の腰からわき腹を抜けて肩、首筋、そして小さな白い耳まで辿ってイヤフォンを確認すると、もう一度ため息をついた。
「聞こえてないんだ」
 僕は竹内さんの視界に自分の顔を入れて、耳をトントンと叩いた。竹内さんは自分の耳からイヤフォンを抜く。
「今は静かだよ」
 僕はそう言った。竹内さんは人込みや騒音が嫌いなのだ。だから、こんな都会には滅多に来ない。今日だって、僕が古着Tシャツを何枚か買いに行く、と言ったから仕方なくついてきただけなんだ。いくら嫌いだからと言っても、ずっと来ない訳にはいかない。僕らの住む田舎町で揃うものといっても限られているのだ。
 竹内さんはウエストポーチの端にイヤフォンを丸めて結わえてから伸びをした。
「ふう」
 竹内さんは自分の右肩を2、3回揉んだ。僕らはヤケにゆっくりと裏道で遠回りして、竹内さんの好きな服屋さんに向かっていた。そのお店はいわゆる穴場でお客さんがほとんど来なかった。その辺が竹内さんの気に入った理由なんだと僕は思う。
「だって、その方がゆっくり選べるでしょ?」
 竹内さんはそう言う。それも尤もな話だった。
「売り切れだって、なし!」
 と竹内さんは言い切ったが、店についてみると竹内さんの狙っていた服は売りきれていた。
 竹内さんはにこやかに微笑むキレイな店員さんの前で唇を噛んで肩を落とした。僕は悔しがる竹内さんを見て少し可笑しくなったが、店員さんは同情してくれて、方々に電話をかけてくれた。
「ねえ、あなた」
と店員さんは嬉しそうに言った。
「よかったね。駅ビルの店にあるって」
 そう言って、店員さんは竹内さんの腕を揺すったが、竹内さんの顔はちっとも浮かなかった。

「あーあ。どうしよう」
 と駅に戻る道を歩きながら、竹内さんは溜め息交じりに言った。
「せっかく来たんだしねえ」
 と僕は言って、竹内さんは仕方なく何度か肯いた。

 竹内さんは耳の中にイヤフォンをぐりぐりと押し込んで、人込みのデパートの一階を不機嫌そうに俯き急ぎ足で歩いていく。竹内さんは慌てて、空いたエレベータを見つけて飛び乗った。僕も続いて乗り込んだが、そうしようと思った人は他にも沢山いて、エレベーターはあっという間に満員になった。 エレベーターはゆっくりと登っていく。
 竹内さんは一番奥の隅っこで小さくなっていた。僕が竹内さんの茶色の髪をポンと叩くと、竹内さんは僕を見上げる。目尻には涙が溜まっている。
「やっぱ、来るの止めればよかった」
 竹内さんは弱々しい声で呟く。そして僕のTシャツの胸に顔を寄せた。 エレベーターは各階に止まり少しずつ人を吐き出す。降りる階が来て、僕は竹内さんに言うが、彼女は黙って首を振る。エレベーターは最上階に呼ばれている。
「もう誰もいないよ」
 僕はそう言う。竹内さんは顔を上げて、少し笑った。
「海の匂いがしたよ」
 彼女は汗ばんだ赤い顔でそう言う。
「ああ、干すと海風があたるからね」
 僕はそう言って肯いた。僕の家は海からすぐだから。竹内さんは含み笑いをして僕から離れる。そして外に、ガラス張りになっている表に、手を当てて覗き込む。不揃いに建つビル。下を見るとスクランブル交差点が見える。小さく見える沢山の人。
「ここから見ると、ちっともイヤじゃないのに」
 と竹内さんは言う。僕も竹内さんの側に立って覗き込んだ。
 その時、エレベーターは止まってドアが開いた。
「屋上。展望台と植物・ペットショップでございます」
 と女の人の丁寧な声がして、竹内さんは
「犬が見たい」
 と僕の顔を見て笑って、エレベーターを飛び出した。


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