ガーデンチェアー・冬の予感秋月 ねづ |
君はいつもキッカリ午後五時にここを通り過ぎる。
なんて時間に正確なんだろうって思う。 僕は無理して買った分厚いドストエフスキーを持ってガーデンチェアーに腰掛ける。 伊達メガネかけて、Yシャツの上にセーターを着て。 君は向こう側から来て、そこを通って行くはずだ。 僕は本の上に字を追う振りをして、君の足音にじっと耳を澄ませるんだ。 君はゆっくりとした足取りで通り過ぎていく。 途中で低い垣根越しに、僕を見るかもしれない。見ないかもしれない。 もしも君が僕を、ガーデンチェアーに腰掛けて伊達めがねをかけて紺のセーターを着て 難しそうな本を読んでる僕を見て、何かこう、好意的な感想を持ってくれたら素晴らし いと思うんだけど……。 でも、もしかしたら君の趣味はこういうのじゃないのかな? いや、きっといいと思ってくれるよね。 もう一つだけ心配な事は、秋が来てだんだん暗くなってきてること。 もう少ししたら五時なんて真っ暗だから。 僕は空を見上げてため息をついた。秋の夕闇が悲しいのはそういう事なのか。 へへへ、 ドストエフスキーなんて持ってると詩的になるものなのかな。 そして僕は庭に置いてある大きな時計に目を遣った。四時五十分。もうすぐだ。 僕は咳払いをして、本を開いた。百四十五頁目にしおりがある。 実は、僕はこの本を一日三十ページ読んでるつもりなんだ。 今日は彼女、どんなカッコをしてるんだろう。きっと素敵な服を着てると思う。 いいや。違う。そう彼女が着るから服が素敵に見えるんだ。 もうすぐ来る、もうすぐ。 今日に限って僕の前で立ち止まってくれないかしら。そして、僕に声を掛けて。 「ずいぶん難しい本を読んでるんですね」 いいや、そんなことあるわけないんだ。 今日も彼女は黙って歩いていって、僕は百七十五頁にしおりを挟んで家に入る。 毎日、それが繰り返されてるんだ。そう、地球がぐるぐる回るみたいに。 それにしても……。 僕はため息をついた。 冬が来るのがこんなに悲しいなんてね。 to short story index |