便利なナマエ


秋月 ねづ
「私の名前が彼女と同じってお得よね」
 僕の女友達のケイコは言う。
 例えばケイコのために夏のワンピースを選んでいる時、良いのを見つけてケイコを呼べ
ば、ケイコは僕の傍に来て鏡に向かってワンピースをあててみる。値札を見て顔をしかめ
て考える。買うかどうか考えてるのかと思うと、
「ねえ、名前が同じって便利ねえ」と言う。
 例えば酔っ払って名前を呟いてからキスすれば、唇を離した後、ケイコは僕の首を抱え
込んで耳元で、
「名前が同じってホント便利ね」と言う。
 ケイコは言う。
「例えば、夢の中で私と会って、私の名前を呼んだとしても、彼女はきっと自分のことだ
と思って、幸せになれるよね」
 ケイコはため息をつく。
「でも」
 ケイコは下を向いた。
「でもね、私は逆。あなたが私を呼んでも、ちっとも自分が呼ばれてる気がしない。もし
あなたが私に、ケイコ愛してるよって、もしもよ、言ったとしても、きっとちっとも実感
が湧かない。それはホントに私のことなの? って思う。ケイコのケイは木に土が二つの
桂なの? ホント? って訊いちゃうと思う。それってかなり間抜けじゃない?
 だから、時々思うの。あたしの名前がもっと違ってたら、私自身あなたの前でもっと違
う人間になれたなって。彼女はあなたの寝言で不安になって、あたしは、あなたの呼ぶ声
にもっと素直に返事が出来ると思うの。笑って、ナーニって。嫌味に『便利ね』なんて言
わないで。
 でも、そしたら私、確実にあなたのこと好きになってた」
「そう考えると、同じ名前で良かったのかもね。あは、だって、あなたのことを好きにな
るなんてね」
 顔を上げてケイコは笑った。
「失礼な!」
 そう言って僕は、ケイコの笑いに滲んだ複雑な感情に気付かないふりをした。

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