秋月 ねづ 幽霊譚
もし会えるならあの世のどこかで……
或は、彼女が成仏できない108の理由
秋月 ねづ
彼女は煙草をくわえたままで、長い前髪を邪魔そうにかきあげた。
目を細めて、細長い口を少しだけ尖らせる。
僕はその動作を眺めながら、手に持った笹の葉をゆっくりと細長くいくつもに裂いた。
「信じてないんでしょ?」
彼女は右手で煙草を口から取り上げて、煙を吐き出す。
「私が幽霊だって」
僕は肯いて、少しだけ笑った。
「だって、足がある」
僕は新しく引き抜いた笹の葉で彼女のジーンズの足を指差した。
彼女は吹き出すように笑う。
「ずいぶんレトロなんだ」
彼女は自分の膝を触ると座り直しながら足を組んだ。
こんなにしなやかな足を持った幽霊なんていない、と僕は思った。彼女の座った白っぽいグレイの墓石の土台が緑色の街灯に映えて、彼女の濃紺のジーンズが細い潅木の影のように見える。
「未練があるのよ」
彼女はそう言って少し笑う。
そして煙草を足元に落として踏みつけた。
白いTシャツから伸びる更に白い腕を頭の後ろにやって、伸びをする。
「リーバイスに」
彼女はさも面白いことを言ったみたいに目を細めて僕を見た。
僕はため息を吐いて首を振った。
彼女は尻のポケットから二本目の煙草を取り出して口にくわえる。
「私はね……」
彼女は前後のポケットに手を入れてライターを探しだして、火を点ける。その明かりの中に浮かんだ紫色の百円ライターは少しだけ彼女を幽霊らしく見せた。煙草の先の火は彼女とこの世の中をつなぐ接点みたく、赤く光る。
「私は色んなモノに未練があるから成仏できないの。あなただって何かに執着するから生きてるのよ。そうでしょう?」
僕は首を傾げた。わからない。
言い訳にならないかもしれないけど僕はまだ中二なんだ。
「ハンバーグ」
彼女はそう言って、煙草の先で僕を指した。僕は首を振る。
「同じクラスの可愛い子」
僕は首を振る。
「テレビ」
僕は首を振る。
「ビックワンガム」
僕は首を傾げる。なにそれ。
「ママ」
僕は首を強く振った。それだけはない。彼女は笑った。
「何かあるよ。きっとね」
彼女は吐き出すように言って煙草をくわえた。
そして髪の毛を後ろで束ねてから離した。
髪の毛は広がって元に戻る。
「何に執着してここにいるの?」
僕は自分の爪先を見ながら言った。
「私?」
彼女は聞き返して、僕は肯いた。
「私はね……」
彼女はそう言いながら、右腕を伸ばして彼女の座っている墓にまわした。
「この人」
彼女は照れたように笑って、僕は彼女が右腕で抱いた墓を見た。
「スズキさん?」
僕が墓に刻まれた名前を見てそう訊くと彼女は肯いた。
彼女の仕草が少し子供っぽくなったように見える。
「私の彼。私より先に死んじゃったの。バイクで吹っ飛んでね」
僕は首を捻った。
「変じゃない ? 二人とも死んでるなら、あの世で会えばいいんじゃない?」
彼女はため息を吐く。右手は墓にまわしたままだ。
「待ち合わせしてなかったもの。それに私、アッチの地理には疎いし」
誰だってそうだ。
「だから、ここで待ってれば会えるかもしれないでしょ」
彼女は寂しそうに言った。僕は肯く。
「彼に未練があれば出てくるかもしれないね」
僕がそう言うと、彼女は墓石にまわしていた手を解いて僕を指差した。
「あるに決まってんでしょ。私がいるんだから」
彼女は勢いよくそこまで言ってから急にトーンダウンした。
「くるわ。きっと」
彼女は組んでいた足を伸ばして、両手を膝の上に乗せる。
「だから私ここで待ってるんだ」
そう言った彼女はとても可愛い女の子みたいだった。
「来るね、きっと。だってお姉さん美人だもの」
「ありがと」
彼女は笑った。
僕は立ち上がってお尻をはたいた。
もう帰らなきゃいけない時間だ。
「明日も出る?」
僕は訊いた。彼女は首を傾げる。
「さあね。忙しくなかったらね」
彼女はそう言ったけど、それ以来、その墓場に彼女の姿を見ることはなかった。
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