所有について考える

秋月 ねづ
 実際その頃、僕は殆ど駄目になっていた。
 君の旦那のソファーに座って、レンタルビデオでフェリーニを見ながら君の旦那のビールを飲む。
「ジェルソミーナ。ビールをもう一本」
 僕はそう言って、空缶をごみ箱の中に投げた。
「誰に言ってるのよ」
 彼女はキッチンで夕飯の支度をしながら言う。僕は鼻で笑った。
 「ジェルーソミーナ・ジェルーソミーナ
   ジェルーソミーナ・ジェルーソミーナ」
 僕は歌う。彼女も三コーラス目から加わって、僕らは一緒に繰り返し歌った。僕らは笑う。
「ねえ。僕にも何か、食べさせてよ」
 僕は言う。
「駄目。ここにあるものは全部、ダーリンのものなの」
 彼女は言った。
「これも?」
 僕はソファーを指差す。彼女は肯く。
「これも?」
 僕はクッションを指差す。彼女は肯く。僕はクッションを彼女に投げつけた。
「君も?」
 僕は聞いて、君は首を振った。
「私は私のものよ」
「ビールは?」
 僕は聞いた。
「それは私の。私が買ったんだから」
 彼女は言う。
「僕は?」「僕は誰の?」
 僕は聞いた。
「あなたは私のものよ」
 彼女はそう言って新しい冷えたビールを僕に手渡した。
 僕は君の旦那のソファーに座って、レンタルビデオでフェリーニを見ながら、君のビールを飲む。
 物語も佳境で背後に君を感じて僕は振りかえった。
 君は夕日の窓を背に、エプロン姿で立っていた。
 表情は分からなかったけど口元は微笑んでるみたいだ。
 彼女は非常に魅力的な口元をしていて、メグ・ライアンとオキナメグミの中間ぐらいの顔をしてる。
 たぶんそんな顔をしてるから早く結婚してしまったんだと思う。
「ねえ。私と一緒に死んでくれる?」
 彼女はそう言った。良く見ると右手に包丁を持っている。

 あなたは、女に『一緒に死んで』と言われたことがありますか?

 僕はその時が一度目だったけど、実際その頃、僕は殆ど駄目になってたからその台詞が非常にセクシャルに聞こえた。
「いいよ」
 僕は肯いた。
 彼女は包丁を逆手に持って近づいて、僕の上に馬乗りになった。
「後悔しない?」
 彼女は笑いながら言った。興奮で彼女の目はひどく濡れている。
「試してみないとわからない」
 僕も笑った。彼女は自分の耳を僕の胸に当てた。
「心臓はドコかな」
 彼女はそう言う。
「開いてみれば分かるんじゃない?」
 僕はそう言って目を閉じた。
「そうね」
 彼女はそう言って笑った。

 僕は君の旦那の家の、君の旦那のフローリングに立って、胸の部分が切り裂かれた僕のシャツを着た。
「もう帰らなきゃ」
 僕は四時を回った時計を見ながら言った。
「何で?」
 彼女は意地悪に言う。
「五時になると、魔法が解けて君は貞淑な奥様に戻るから僕はそれまでに帰らなきゃいけないんだ」
 僕はそう言った。

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