二重飛びの歌

秋月 ねづ
 僕の小学校では学年ごとの縄跳び大会っていうのをやってたんだ。
 五百人くらいの子供たちが校庭で等間隔に並んで……、縄跳びが出来るくらいにね。
 そいで先生の合図で一斉に飛び始める。
 みんな、一人一人が首からカードを下げてるんだ。
 回数が書けるように、色画用紙で先生が作った。
 前飛び何回、後ろ飛び何回っていうやつをね。
 見てるとあれは結構面白い眺めなんだ。
 他の学年がやってるのが、ちょっと高い階にある教室だと授業中、
 ほら、席の関係でさ、見えることがあるんだけど、
 自分の思い思いの色縄飛びを持って、
 白い体操服を着た生徒たちが一定の間隔に並んで砂煙を上げてる。
 先生が拡声器で何か叫んでる。みんな本当に黙々と飛んでるんだ。面白いよ。
 実は、僕は縄跳びが得意だったんだ。
 「ほら来た」ってなんだよ。そんなこというなよ、
 他に自慢する事なんてないんだからたまには言わせてよ。
 とにかく、僕は二重飛びがたくさん飛べたんだ。
 どれくらいっていうと…、疲れるまでだよ。
 縄跳びってある程度上手くなると、長距離走みたいに体力勝負なんだ。
 それで、五年生の時かな。その時、僕は自分でも相当自信があったんだ。
 校庭に座って先生の話を聞きながら、
 何組みの何とかにだけは負けられないとか考えてた。
 ほら毎年やってるから誰が上手いとか分かってるからね。
 先生が「次は二重飛びです。失敗した人は、すぐにしゃがんでください。
 それではヨーイ」って言って、
 僕は縄跳びを構える。みんなの間を緊張が風みたいに抜けてって、
 おしゃべりが止んで、笛が大きな音で鳴るんだ。
 僕は二重飛びを飛び始める。

 僕は二重飛びを飛ぶ時、いつもの歌を歌うんだ。
 一瞬で二回も足元をすり抜けていく縄跳びを見ながらね。
 二重飛びにとっても合う歌なんだけれど、それは誰にも内緒にしてたんだ。
 みんなが上手くなると困るもの。
 二重飛びがとっても上手く飛べる歌だからね。
 その歌が一回り終える頃、顔を上げると校庭が広くなって見える。
 みんなしゃがんでるからね。各クラスに一人か二人まだ飛んでる。
 僕のクラスはみんな僕を見てるみたいだから、
 飛んでるのはたぶん僕一人だ。後ろが分からないから、たぶんだけどね。
 また僕は顔を下げて、歌の二まわりめを歌い始める。
 ここが肝心なんだ。ここだけは僕も少し緊張する。
 これがずれるとおかしなことになって、飛べなくなる。
 レコードの……。いや、ちょっと違うな。
 うーん、分かるだろ、つまり合わなくなるんだ、リズムが。
 とにかく僕はその時、そこを上手く繋いで一安心したんだ。
 後は一生懸命歌うだけだからね。
 だけど歌の二順目の途中からだんだん苦しくなってきた。
 いつものことなんだけど、口の中にネバネバした変な味が広がって、
 頭の中で、「もう止めちゃえよ」コールが始って歌を邪魔するんだ。

 僕は顔をもう上げない。
 誰も飛んでないのが分かると「もう止めちゃえよ」コールが元気になるからね。

 時々、「がんばれ」って言う人がいる以外は殆ど音がしない。
 自分の吐く息と縄跳びが土を叩く、ピシピシッって音だけが大きく聞こえる。
 そうなってくるとフッと歌を止めて、縄跳びの音に聞き入ってしまうんだ。
 キーンって音がして、周りの音が聞こえなくなる。
 僕の縄跳びの世界では「もう止めちゃえ」コールよりも、実はこれが一番危険なんだ。何も考えられなくなって、二重飛びに魅入られるんだ。
 ピシピシッ、ピシピシッって音以外、頭の中に何も無くなると。もうお終い。
 そいでピアニストがメトロノームに気をとられて手を止めるみたいに、
 僕の足に縄跳びが絡み付く。

 その時僕は縄跳びを足に絡ませたまま少しだけほうけてたんだけど、
 拍手の音で我に返った。
 五百人近いみんなが片膝でしゃがんで拍手してるのが見えた。
 僕は大きく息をつく。
 先生が拡声器の大きな声で僕の名前を呼んで、僕はみんなの間を歩いて前に向かう。
 拍手は止まなくて、五百人が僕のために手を叩いてると思うと、
 恥ずかしいやら、誇らしいやら複雑な気持ちになる。
 でも、校庭の壇に向かうのは気が重かったんだ。何故かって?

 回数を聞かれるんだよ。
 僕の学校では自分で回数を数えるのがルールで、
 一番飛んだ人は壇上で回数を発表するんだ。
 それにカードに書くから数えてないとマズイんだ。
 点数にならないんだ、記録的にゼロになるんだよ。
 もちろん僕は数えてない。縄跳びを飛びながら歌を歌って、
 その上、数まで数えられる奴がいたら会ってみたいね。

 まあそれで、しょうがないから僕は壇に上がって、先生の隣に立った。
 僕は「二重飛びを一番飛んだ」という肩書き付きでみんなに紹介される。
 先生は「何回?」と僕に聞いて、拡声器を僕に渡した。
 拡声器って結構重いんだよね。ピーとか変な音が急に出る。
 まあ、そいで僕は「数えてませんでした」って言うために拡声器をみんなに向けた。
 実はこれを言うのは今度で三回目なんだ。
 僕は結局、三年連続で壇に上がって
「数えてませんでした」って言うことになったんだよ。
 前回も前々回も、
「駄目じゃないか。今度は数えなさい」って先生に言われてたから、気が重かった。

 そしたら、ちょうど僕が口を開いた時、僕が飛んでた周りにいた人たちが、
 「せーの」って言って回数を叫んでくれたんだ。
 僕の位置を中心にした二十人くらいかなあ。
 他のクラスの奴もいた。僕があっけに取られてたら、
 先生もわきまえてて僕の手から、拡声器を取って、
 「記録は……」って発表したんだ。
 みんなは拍手してくれて、僕は叩かれたり、声を掛けられたりしながら、
 自分の場所に戻った。
 そしたら、隣に座ってた。僕のクラスの、
 僕と同じ出席番号の子が「どうせ数えてなかったんでしょ。」って笑ったんだ。
 嬉しかったなあ、あの時は。
 「私は飛べないから数えてたんだ。絶対、数えてないと思ったし」って言って、
 「ねえ」って前の子を叩いた。僕の周りにいた人はみんな笑って、僕も笑った。
 「一番飛んだのに、注意されるのは割に合わないもんね」って
 その子が言ったんだ。今でもよく覚えてるよ。
 懐かしいなあ。あの子、二重飛び飛べるようになったかなあ。
 機会があったら教えてあげたかったんだよね。
 でも、その頃はとてもじゃないけど、そんなこと言い出せなかったんだ。
 分かるだろ、そういうの。
 でも、ホント、あの子にだけは教えてもいいと思ってたんだ。
「二重飛びが上手に飛べる歌」をね。

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