anarchists's column back number
(@n@)
どうやらダメ人間から復活である。フリーターに逆戻り。といっても教材を制作する編集プロダクションのバイトだから、一歩前進と言えるかもしれない。
お盆前に送っておいた履歴書に、明けてもまったく反応がなくて、それでも自分を鼓舞して履歴書を書いていた。困ったのが顔写真だ。実は顔写真を何度も使い回している。スピード写真ではなく、近所の写真館で撮影した顔写真なので、返送されたら剥がしてまた貼る。丈夫だ。しかし焼き増しに費用がかかる。(1枚500円!)その分写りは格段にいい。
秋に向けて求人が増えてきた。だが履歴書が返送されてこないから仕方ない。焼き増しを頼んだ。普通二日ほどで現像されてくるのだが、写真館はお盆をずらして休みを取るのだという。1週間ほどかかる。ぼくはどうせまだ採用されないだろう、と4枚注文する。
翌日、求人雑誌に目ぼしいアルバイトの募集があった。写真は間に合わない。急いでスピード写真を撮る。焼き増しのことは念頭にあったが、受かるかどうかわからない。当たって砕けろ! どんどん送ってやるぞ!
面接が終了。写真は3枚余っている。履歴書がまとめて返ってきた。これで3枚手持ちが増える。写真館から出来ましたと連絡が入る。4枚取りに行かなくてはならない。採用の電話が。

……断ろうか一瞬悩みました。

10枚の顔写真/KENSEI 020830
子どもの前だけでは信号を守る。
たとえば子連れの母親が手を引いて、赤信号の前で立っている。ぼくは傍らで、なにも通らない交差点の信号が変わるのを待つ。
信号を守る守らないは、究極的には私人の自由だろう。運転している側……相手の身になるとか、法というものをどう捉えるかなどの問題があるだろうが、大人が渡るのはリスクを含んだ違反だ。責任は自分で取ればいい。
ただ子どもは判断力も移動力も低い。身体が小さいから視野も狭いし、車からも発見しにくい。だから絶対に守らなくてはならない、と母親は躾ける。つまりは母親の作り出すフィクションである。信号を守るのは正しい。みんな守らなくてはならない。子どもにはそうやって危険を避けさせることしかない。危機は命を奪うこともあるだろうからだ。
ぼくはそのフィクションを大切だと思うし、協力したいと望む。

暑かろうが、どれだけ待とうが、このときばかりは我慢する。
公共心というのはそういうやせ我慢なのではないかと考えている。


信号機と「公」/KENSEI 020829
シナリオスクールに通っていた時期がある。プロへの近道として有名なスクールなのだが、同じクラスに上手い脚本を書く人がいた。勝手にライバルだと決めて書いていたのだが、印象としては「巧い」話……ぼくに近い技巧が際立った作風だった。
その人はプロデビューも果たし、作品が電波に乗っている。しかしライターはやめてしまった。連続ドラマの一部を書かされる日々。プロデューサーに縛られる。
「もし書きたいものがあれば、絶対一人でやったほうがいいですよ」
飲んだときに忠告される。二人ともシナリオから離れたので年賀状のやり取りくらいになり、記されたメッセージで小説という創作の道に入ったことを知る。バイトをやりながら書き続けているらしい。

久しぶりに連絡があった。ちょっとした用事だったのだが、済んだ後、お互いの近況を話した。就職活動をしていることや創作について。そっちの調子はどう? 小説書き始めたって聞いたけど?
「ええ、全部で1700枚くらい構想があるんで、いまのペースだとあと2年くらいかかりそうなんですよ」
本物だよアンタ……

真の卵/KENSEI 020828
履歴書というものはどうしてこうも書き損じるものなのだろう。4枚一組になって売られているが、2枚成功すれば良い方で、3枚失敗してようやく1枚という日もある。やけに疲れるが、基本的に修正はしないというのが礼儀とされるので、ほんの少し間違っただけでやり直しである。

氏名を書いて住所を書いて電話番号を書いて……
「学歴」と記すべきところを「学習」としてしまう。
学習って。
アホか! あきれつつ袋から白紙の履歴書を取りだす。
氏名を書いて住所を書いて電話番号を書いて……
「学習」
厳密に言えば「羽」の片方だけなんだけど。
……学べよ。


学習能力/KENSEI 020827
こんばんは。
人妻スク水マニアの嫌疑で係争中のKENSEIです。
一言訴えさせてください。

ぼくは人妻とスクール水着が好きなワケじゃありません!
ただ相手が人妻でも好きになるときは好きになるということ。
それから小学校のころのスクール水着を冗談で着せたりなんかしたら、一瞬で理性が吹き飛んでしまうだろう、という予想だけです。
重要なのは水着ではなくて、成長した中身ですネ。



とくにダンナさんがいない隙に上がりこんで。

……あれ?/KENSEI 020826
友人の女の子がディズニーシーで、おばさんから不快な行為を受けた。パレードで良い場所を確保して見物していたら、後ろから押され、体をねじこまれたというのだ。
「だから刺すぞババア、って言ってやったんです」
「……怖いね」
「だって具体的に言ったほうが怖いじゃないですか。殺すぞ、より、刺すぞ、って言われたほうが想像しません?」
正しい。
文章もそうである。嫌なことはできるだけ事細かに書いてやる。対して良いことは印象的な短いフレーズで放ってやる。
つまり「幸せにするぞ」って方が「これから二児の母で住まいは二世帯住宅をローンで買って子どもを育ててできれば大学まで行かせて君はパートで俺はなんとか定年まで勤めるから親父とお袋はもしかしたらあとで同居して世話を頼むけど二人で暮らしはじめるぞ」って言うよりいいでしょ?
でしょ?


具体的/KENSEI 020824
妹がニュージーランドに旅立ってから4ヶ月が過ぎた。あと8ヶ月帰ってこない予定だ。ワーキングホリデーという制度を活用している。ワーキングホリデーはご存知の方も多いだろう。短期の仕事で働きながら、その国に最大で1年間滞在できる制度だ。
妹に一人暮らしの経験はない。海外旅行もしたことがない。はじめての海外。はじめて一人での生活。最初はホームステイだし、そのあとはルームメイトを探してシェアするという話だ。しかし自分の力のみでやっていくということは想像以上にプレッシャーがあるだろうし、海外生活はなれないことも多いだろうと推測する。兄としてできることは心配と、後方支援。
幸いなことにインターネットでメールはできる。着いて早々、心配なので送って欲しいものを聞くことにした。なにを送ってほしい?


で、インスタントのみそ汁と醤油の使い切りパックもお願いします。
あと、置いてきちゃった出汁の元も。あ、柿の種入れて頂けると嬉しいかも。
で、多分食品の詳しい名前も書かないと検疫で引っかかるんだけど、
やばそうなのは、洋服に包んじゃって下さい。平気そうなのをツラツラ書いて下さい。
お菓子類は結構平気なんだけどね、柿の種ピーナッツ入りだからねぇ。
多分、ライスクラッカーで通ると思う。友人持ってきたし。あ、生米は駄目なので入れないいで下さい。
あと、柿の種を英語にして書くと、検疫で開けられちゃうので書かなくていいですからね。
「種」って持ち込み持ち出し禁止っぽいから。


……。

今はあんまり心配してません/KENSEI 020823
先日PS2を購入してからは、ずっと「真・三国無双2」をやっている。しばらくぶりにゲームへ復帰したから楽しくてしかたない。前作で感激した「メタルギア・ソリッド2」も買ったのだが、こちらは昨日9月にPS2ベスト(廉価版)が発売されるとアナウンスが。どうせならもっと早く言ってくれれば定価で買うなんてしなかったのに。ベストの発売までにクリアしたる(でもこれで「ICO」も安価で手に入る。うれしい)。

真・三国無双は三国志好きにはたまりません。ぼくは関羽がお気に入りなので、早速クリア。憧れる。強くて智略に優れ、なによりも「義」を重んじる。カッコいいっス!
二番目に黄忠がお気に入り。がんばってる爺さんが好き。
ゲームのなかでは甘寧が痺れるね。バカだけど。あと許楮。なんですかあれは。大笑い。魏延とホウ(字が化ける)統。雰囲気変えすぎです。差別化を図っているんだろうけど。

ところで黄巾の乱のマップで敵軍に「張曼成(ちょうまんせい)」という武将が出てくるのだが、見るたびに「超マンセー!」と脳裏で翻訳するのはネット中毒ですか?


関羽マンセー!/KENSEI 020822
暇なので連日PS2にいそしみ、小学生みたいな夏を過ごしている。幸福をかみ締めるか。焦燥でもだえるか。どちらも感じなくなりつつあるのは、精神がだらけきってしまったせいだろう。
ただ一つ苦難がある。長い時間、家に母親と二人きりでいるのがつらい。
秋月も言っていたが、このくらいの歳まで正業に就かず部屋住みでいると「居候」みたいな気分になってくる。三杯目にはそっとだし、ではないが。
「そんな洗濯なんてしてくれなくていいですよ! 滅相もない! とかね」
秋月の台詞に笑いながら激しく同意する。つまりは二人ともあるていど保守的な考えを持っているということだろう。
自活しなくてはと感じつつも、時間が奪われれば思うように動けなくなる。甘ったれでダメ人間だが、恥じ入る気持ちは残っているのだ。

こういうことを女の子に言うと「そんなことないよ」とフォローしてくれるので、ちょっとうれしかったりする。ダメ人間度が高まっている予感がある。

ダーメダーメダメ/KENSEI 020821
もうすぐ妹の誕生日だ。ぼくたち兄妹はお互いの誕生日にプレゼントを贈りあうのが慣例になっていた。ぼくはサングラスを毎回貰って、妹へはそのとき欲しがっているものを選んであげる。自分で高額を払うのは嫌だが、ちょっと良いものを手元に置きたい品はないだろうか? 身内へのプレゼントはこの哲学に則っている。
妹が社会人になったこの3年ほどの習慣なのだが、いま妹はワーキングホリデーでニュージーランドにいる。だからメールで祝いを告げるだけになるだろう。下手なものを送れば荷物になるだけだ。(ちなみに去年のプレゼントは「袱紗と袱紗ばさみ」でした。茶道を始めるというので……)
仲がいいね、と羨ましがられることがある。でもきっとそうではない。
妹が初任給について考えたとき、兄へのプレゼントというのは良い物語だと感じたのだろう。両親への孝行は敷居が高いが、誕生日が過ぎたばかりの兄(おうし座)は機会として適切だったのだ。人のためになにかを考えて贈るというのは、とても楽しい作業だから。
純粋に妹の気持ちも、プレゼントもうれしい。
ただぼくら兄妹はきっと予行練習をしているのだと思う。いつか送る人ができたときのために。大切な人たちへ。
だって普通しないでしょ。兄妹で。ロマンチストなんだろう。我が妹ながら。

先日一時帰国した折も、白ワインを土産に用意してくれていた。家族みんなにもちろん土産は用意されていたが、指定しての土産はぼくにだけだった。今年世界一になったワインと同じシャトーのものだという。ニュージーランドのワインの素晴らしさを力説していたが、言葉を交わしたのはそれだけだ。妹にもぼくにも予定がありすぎた。互いのために予定をとる。本当に仲がいいならそうするのではないだろうか?
妹と一緒に花火大会へ行く友人や、ぼくたちと映画へ行くのに妹を連れてきた友人は、本当に仲がいいのだと思う。共に過ごす時間に価値があるのだ。ぼくは照れくさくて絶対にできない。

妹も振ったり振られたり、惚れたり別れたりしながら進んでいるのだろう。きっと恋人には練りに練って、相当高価なものを選び抜いたりもするんだろう。すべてを知る由はない。
願わくばその妹のスタイルをちゃんと理解して、喜び、思い遣る人が現れてくれますように……


兄貴っぽく締めくくってみた/KENSEI 020820
ジュブナイル用の小説を考えていて、主人公が過去から「転生」してきた人間だという設定を作ろうとした。ありきたりではあるが好きな仕掛けの一つだ。そういえば10年ほど前「転生ブーム」と呼ぶしかないような現象があった。「ぼくの地球を守って」や「天空戦記シュラト」などが根底にあるとされるが「わたしの前世は○○でした」というような確信を表明する人が出てきた時期だ。
新宿駅の伝言板に、
「私は前世でヤーメイル国の騎士でした。戦役のなかではぐれてしまった姫を探しています。私のオーラは紫で、姫のオーラは金色でした。霊視してください」
とかなんとか書き込みがあって、思わず凝視した記憶がある。某オカルト誌の文通コーナーにも前世を手がかりにペンフレンドを求める人がいた。まだいるのだろうか。
中には「わたしはブッダの生まれ変わりだ」「キリストの転生だ」などと吹聴する輩もいたようだ。しかしブッダは入涅槃してしまったのだから転生してこない。仏教に門外漢なぼくでもわかる理屈だ。キリストは復活するのであって、転生はしてこないはず。マホメットについては知識がない。狙い目かもしれない。
否定するわけでもないが、確証もない。生まれ変わることがあればいいと感じるが、現代の人間だからだろう。古代において永遠の生は苦しみでしかなかった。そこから抜け出すために修行をしていたのだから。なんども人生を楽しみたい、もしくは人生をやり直したいという願望の現われなのだろう。
畏友・迦楼羅によれば確かに最近の転生は都合がいいという。とくに占いなどで明かされる前世は人間ばかりだ。生まれ変わるとしてもまた人間だと決めつけている。
「もし転生があるなら、地球上の人口は増えてるわけだから、生まれる人は増えて、死ぬ人は減っているんだよね。そうすると魂の数が足りなくなるはずなんだけど……」
増えた魂の分はどこから来たというのか。誰も説明しない。
「でも意外と真実かもしれないんだ。増えた分の魂はどこから来たのか」
輪廻転生はもともとバラモン教の考え方なのだそうだ。バラモン教の場合、すべての魂は生まれ変わるのものだから、前世が必ず人間ということはないのだという。
「……動物と植物。どんどん減ってるじゃないか。だろ?」

転生の確証/KENSEI 020819
壮大なつなぎ:スターウォーズ・エピソードU

いつもどおり映像はすごいし、ライトセーバーも回転するし、今回はヨーダも戦っちゃうし、スターウォーズって感じなんですが、やはり一本の作品として観ると不足気味。
アナキンとパドメの恋愛シーンは苦笑い。正直要らなかったです。物語上必要なのは理解できるんだけど、もっとうまく撮れなかったもんかね。子どもにもわかるようにという配慮なのか? ナタリー・ポートマンはいいけど、ヘイデン・クリステンセンがな〜
今回歴史が忠実に進行していってまして、つじつまが噛みあってくるのが楽しいですが、ファンのための映画で終わって欲しくない。
これはエピソードVのための序曲だと思っておきます。Vはきっと前作を上回る興奮を与えてくれると。
なんせぼくは前シリーズ(エピソードW〜Y)で妹にダースベーダーの正体をXを見る直前に明かされて、二週間口を利かなかった男ですから。

しかしなんど観てもアナキンとパドメの息子がルークなのはいいとして、レイアは違わないか??


満足度 ★★★/KENSEI 020818
小説を書くためにパソコンへ向かったつもりが、ついついフォルダやファイルの整理を始めてしまった。デスクトップを掃除したり、ダウンロードしたフリーウェアのソフトをMOに保存したり。
すると019.jpgという記憶にないファイルが、壁紙を保管しているフォルダの直下に紛れ込んでいる。なんの画像だろうと叩いてみると、女性の裸身が現れた。
ぼくはいわゆるエロ写真や動画を、ほとんどダウンロードしない。時折楽しみはするが、時間と手間を考えればつりあわない行為だからだ。中にはハードディスクにギガ単位で保持している人もいるそうだが、ツールや知識を駆使しているのだろう。そこまで自分のものにしたい、いつも見たいという情熱に駆られたことはない。このときはたまたま気が向いたのだろうか。
閉じようとした。
向けられている目元が、好きだった人に似ていると気づいた。

考えると最低の行為だなこれ/KENSEI 020817
靖国へなんて参拝に行ってないし、秋月の家で朝まで酔っ払ったあと、暑さの中、凩くんと煎餅屋さんと、電器店でDVDを物色して、同人誌のショップをのぞいただけだ。(※同人ショップには付き合っただけです)
正午の黙祷なんて忘れていたし、帰り際に寄った喫茶店ではひたすらおじゃ魔女の話を二人はしていて、ぼくは半分眠っていたり、家に戻ってシャワーを浴びたあとはPS2で真・三国無双2をやっていた。
でも、ぼくはこの国を好きだ。

そして「戦犯」なんてレッテルをはられてる先達たちに、怠惰な自分について、少しばかり心の中で詫びた。


終戦の日には/KENSEI 020815
感性は歳とともに鈍る。みな言う。ぼくはそうでもないと考えている。しかしやはりとするべきか、先日ここのメンツと飲んだときにも、煎餅屋氏に猛烈な反論をくらった。
「絶対にあのころにしか書けなかったものがありますって!」
そうかもしれないが、想像のカケラもない自分勝手な感情や、メランコリックなんて単語で片付けられてしまう無意味な焦燥の羅列かもしれんぞ。
でも確かに、その言葉に収められる幅でもっとずっと行き場のない思いを抱えていた気はする。

ぼくがものを書き記す起点はなにか? と問われたとき、浮かぶ一つの光景がある。猫の死体だ。アスファルトへ押しつぶされた猫の死体。事故にあったのだろう。ガードレールの傍らに打ち捨てられている。
中学生だったぼくは横を通るのが嫌で仕方なかった。胸の芯が締め付けられた。あのときの惨めな気持ちを忘れていない。
きっと優しい心の持ち主は猫を抱き上げて、埋葬してあげるだろう。ドラマやマンガみたいに。でも学校に遅刻しちゃうし、触るのは気持ち悪いし、服が汚れちゃう。
気持ち悪いし、服が汚れちゃう?
そんな理由で?
優しくなれなかった自分をひたすら責めた気がする。逃げるように走って。それからずっとこの気持ちの意味を探り続けた。そして自分なりに文章に綴ってみた。優しくなれないつらさが、どんなに心を痛めるかを。
人の弱さ。この気持ちを書きたくてノートに物語のようなものを書き殴った。

いつしかそんな胸を押し下げるような深い痛みは忘れ、社会のシステムのなかで整頓されていくことを知る。ぼくもバイト先の前で猫の死体を見つけたとき、必然的に処理したことがある。埋葬なんてする時間はなくて、生ゴミ用のゴミ袋に放り込んだだけだ。必要なことは必要なとき誰かがやる。厄介な心痛はもう生まれない。強くなった。鈍くなった。
悪いことだとは考えていない。なぜならあのとき自分を責めた理由をいまは読み解くことができるからだ。人の弱さなどと上っ面を飾る言葉はもう剥いでいる。
ぼくは見て見ぬふりをしただけだ。義務がないから放置しただけである。
それは「怠惰」なのだと。
怠惰こそが人間を堕落させる麻薬だ。そして同時にこんな言葉をも覚えた。
「ぼくらはキリストやシャカじゃない」
ああ、それにしても怠惰だけがぼくを形作る。あきれるばかりだ。

凩くんは言う。
「感性は鈍る。でもその感性を表現する力は増えていく」
的確な分析だと感心する。言葉にできた時点で意味づけが終わる。歯噛みするような熱は陳腐に名づけられ、木箱にしまわれて、棚に並べられ、埃をかぶる。物書きは棚から吟味して上手く取り出してやらねばならない。
でも感性とは世界を水がしみこむように知覚することだとすれば、その志向が違うだけで、感性は鍛えられ、より深化しているのではないだろうか。
その水は濁ってしまっているのかもしれない。だが失ったものも含めて流れる水は決して薄いものではないだろう。

そういうことではないのだ。反駁はあるに違いない。あのときの感性は素晴らしいものであったのだ。いまはもう感じることができないから尊いのだ。
そんな人には言いたい。
同じ刺激に慣れてしまっているから鈍っていると主張するのだ。
その反駁さえも、いまだから感じとることができるのだ。
透明であることや純粋であることは感性に係わりを持たない。
鮮烈であること。
いまだからこそ痛切に感じ取れることもあるはず。忘れてはならない。

感性の絶対条件/KENSEI 020812
酔ったときにはなんどか語ったこともあるのだが、このサイトについて夢がある。更新を停止する日のことだ。
そのときはもう、それぞれが自分の道を歩み始めていて、このサイトのために原稿を書くことはなくなっている。過去の作品だけが静かに残されている。更新の予定もない。

だけど、カウンターは回り続けている。
あの「彼ら」の昔の文章を読みたくて、訪れる人が絶えないからだ。

いつかそうしたいものだ、なんて笑っていた。しかしもう夢は夢で、とすませられなくなっている。現実であり、乗り越えなくてはならないハードルは眼前に並んでいるのだ。
まずは一人、前に進む。

おめでとう、凩くん。


イツカではない明日のために/KENSEI 020806

column_index