タイナイカイキ
凩 優司
僕はそっと、地面の上に横たわり、それの上へ頭をのせる。
それを、さながら枕のようにして。
皮肉なものだな。僕は笑う。
確かにそれは、枕と呼ばれるものだったから。
さて、準備は整った。
後は、時が来るのを待つだけ。
それまでに、何を話そう。
何故、僕がこんな事をしているかでも、話してみようか。
……胎内回帰願望というものを、ご存じだろうか。
自らを産んだ、母の胎内に戻りたいという、願望のことだ。
僕はずっとその言葉に、惹かれ続けてきた。
タイナイカイキという、その言葉の響きにも。
自らを母の胎内に戻し、此の世界からの離脱を計ろうという、後ろ向きな思想にも。
いや、それは間違いか。
何故なら胎内回帰とは、思想ではなく『願望』だからだ。
そう。それは『願望』。
僕にとってそれは、自らが生まれてきたという事実すらも隠蔽しきることができるかも知れないという、抗しがたい程に魅力的な『願望』。
僕はその願望に、自らの身を委ねる事に決めたのだった。
どのようにしてか。それを決めるのは簡単だった。
胎内で一番自らが身近に感じるであろうもの。つまりは心音を聞きながら、僕は其処へ還ろうと思ったのだ。
無論。ここで言う心音というのは一つのメタファーに過ぎない。それは、心音ではないのだから。しかし、その定期的なリズムは、どこか心音に似て。
僕を、ひどく落ち着かせたから。
そう。その音が、ようやく近づいてきた。
僕は、それを感じる。
僕の頭を横たえている枕木を通して、ガタンゴトンと刻まれる、聞き慣れたあの音が。
光が近づいてきて、僕はそっと目を閉じる。『心音』が近づいてくる。僕は知っている。
あの鼓動が僕の上を通り過ぎるとき、僕は還れるのだ。
自分が、在るべき場所へと。
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