僕は其処に

凩 優司

 鏡を見ると、そこにいつも僕はいない。
 そこにいるのは僕の弟。僕が一番嫌いな、憎むにも値しない存在。
 一卵性双生児の僕と弟は、何かあるたびにいつも言われてきた。
 いわく『君達は本当によく似ているね』と。
 それを聞くたびに、僕は笑顔を崩さないで思ったものだった。
 こいつら、一体どこに目をつけていやがるんだろう、と。
 見た目は似ていても、魂の気高さが比べるまでもないほどに違っているのに。
 まあ、確かに僕と弟は見た目は似ていた。
 かと言って、僕と弟を混同する人間はいなかった。
 何故なら、間違えようのない特徴が僕達にはあったからだ。
 それはホクロ。
 僕は右の頬に。弟は左の頬に。
 対照的にホクロがあったのだ。
 だから僕は鏡が嫌いだった。
 鏡を覗くと、まるでそこに弟がいるような気がして、反吐が出そうになる。

  弟は本当にダメな奴だった。
 浪人して入ったのは、二流大学の夜学部。
 夜学というものは、基本的に昼間働いていて夜勉強をしようという人間に開放されているものだ。
 だが、弟が夜学に通うのはただ、そこしか受からなかったという理由でしかなかった。その一点を取っても、真面目に働いてなおかつ向学心のある人間を、弟は足蹴にするような人間であるという事を公言してまわっているような物だし。自身に向上心がないのが量れるというものだ。
 結局、弟は大学に6年いて、卒業は出来なかった。まあ、あいつが大学を卒業したからといって、人間性を省みれば、ろくな企業に就職できないのは火を見るよりも明らかだったから、卒業したしないなんてのは、どうでもいい事なのかも知れないが。
 その間に僕は国立の理系大学を卒業し、修士課程を終えた。
 弟がフリーターという名の無職に成り下がっている頃、僕は一流といっても構わない程度の企業に就職し、研究所に配属される。
 誰が見ても、成功者と落伍者の構図でしかないはずだった。
 だが、その構図をきちんとわかっていない人間がいた。
 弟の恋人だった。

 蓼食う虫も好き好きという言葉がある。
 だからと言っても限度があると思うのだが。
 弟には恋人がいた。2つ年下の可愛らしい女の子だ。
 男を見る目がないのが、彼女の欠点だろう。
 昨日、僕は仕事から帰ってくると、いつものように夜間バイトでいなくなっている弟の部屋に入った。
 それからPCを立ち上げ、弟のIDでプロバイダにアクセスする。
 ざっとメールを見る。頭の悪い弟に届くメールだけあって、9割は愚にもつかない内容ばかりなのを確認する。
 その中に、彼女からのメールはあった。僕は彼女のメールを見るのが好きだった。男を見る目がない割には、彼女の書く言葉は暖かかく、とりとめのない日常を描くだけの時でも、彼女の言葉は輝いているかのようにまで思えた。
 昨日までは。
 昨日の彼女のメールは、こう綴られていた。
『やっほ、バイト頑張ってる?(^o^)/
 私は頑張ってるよ〜♪
 まあ、あなたはバイトだけ頑張ってれば良いっていうのとは違うから、私よりも大変だろうけどね(=^^ゞ
 劇団の方はどう? 上手くいってる? 次の公演決まったら教えてね。「照明は舞台に出てこないから、友達呼びにくいんだよなぁ」って貴方は良く言うけど、私だけにはそんな気を使わないでね?(^_-)-☆
 貴方がどれだけ頑張ってるのか、私は知ってるよ? 最近は貴方の照明と、他の人の照明の差がわかるくらい。ホントだよ? 貴方の照明は他の人より優しいの。悲しい場面でも、まるで降るように光が落ちてくるの。それはきっと、貴方だからできる事だと思うんだけどな。
 ……なんてね。本当はあばたもえくぼなだけなのかもね(*^ー^*)
 でも、貴方には才能がある。私はそう信じてるよ? 貴方は良く、お兄さんを引き合いに出して落ちこんだりするけど、正直に言うと私、貴方のお兄さんってあまり好きなタイプじゃない。冷たい感じがする人って私、苦手なんだ。貴方は貴方の行きたい道を進めば良いと思う。貴方にはお兄さんにない、優しさっていう武器があるのを忘れないでね。
 それじゃ、また!
 お(^o^)や(^O^)す(^。^)みぃ(^−^)/〜〜』
 僕はそれを三度読み返してから、削除する。
 そんなメールは、この世に存在するはずがないからだ。
 そして、読んだメールを全て未読に戻しておく。
 弟は馬鹿だから、この程度でも僕がメールを読んでいる事にも気づくまい。
 いつもなら、そこで僕は部屋に戻る。そのはずだった。だが……。
「……ふざけやがって」
 彼女のメールを読んだ不快感がまだ残っていた。
 苛立たしげにタバコに火をつけようとする。だが、弟はタバコを嫌っていた事を思いだし、やめる。
 さすがに痕跡を残しておくのはためらわれた。
 その時、机の横にふと視線が向いた。
 そこには、充電中の携帯電話があった。
 弟はバイトに留守番電話を持ってはいかなかった。「どうせ話してる時間なんてないしさ」と言って。手に取ってみると、モードは留守録になっていた。震える手でキーを押してみる。
 反応した。
「しめた……」
 僕の頭の中で、一つのシナリオが組みたてられる。それは僕をないがしろにした、彼女への粛清のシナリオだった。

「ねぇ、なんかあったの?」
 彼女は助手席にいる。『バイトを今日は休んだよ。人は今日、足りてるの知ってるからね。これから会えない? 車で迎えに行くよ。兄貴が車貸してくれるって言うからさ』って電話を弟の携帯からかけたら、彼女はあっさりと信頼した。
「え? なんで?」
「いや、なんか今日は雰囲気違うからさー。嫌な事でもあったのかなって」
「そうか? 気のせいだろ」
 言いながら僕はハンドルを切る。
「あれ……どこ行くの?」
「この先に夜景のきれいな場所があるんだってさ。友達から聞いたんだよ」
 彼女は僕の言葉に驚く。
「なんか今日はホントに変だね。いつもは、そんなムードのありそうな場所なんか照れて行かないのに」
「まあ、たまにはな」
 車は人気のない道へとさしかかっていた。峠道ではない、車も余り走らない山道。そう、僕はここに来たかったんだ。
「……どうしたの?」
 暗く寂しい山道の途中。
 僕は緊急停車用の路肩に車を止める。
 僕は彼女の名を呼んだ。できる限り、甘く。恋人に囁くように。
 そうしながら、強引に唇を重ねる。
「ん……や、やめてよ。夜景の綺麗な場所に行くんじゃなかったの?」
「気が変わった」
 彼女の言葉を消すように、僕は彼女の唇を吸う。
「……や、やめようよ。なんか今日の貴方、いつもと違う……」
 彼女は僕の顔を抑えた。それ以上近づかないようにと、強く。
 それが僕の苛立ちを強くさせた。
 どうして僕を受け入れない? 弟みたいなカスを受け入れてるのに。
 その時、彼女の顔が強張った。
「貴方は……」
 その時にようやく気づく。
 顔を抑えられた時に、化粧でごまかしていたホクロ。
 それが彼女に見つかってしまった事に。
「……いやぁっ!」
 叫んで身をよじる。そして僕から逃げ出そうとする彼女。
 僕は、そこまでして僕から逃げ出そうとする彼女が、今は憎くてしかたなかった。
 僕は手を振り上げると、全力で彼女の横っ面をはたいた。
 彼女は奇怪な叫びをあげて、静かになった。
「……大人しくしろ」
 言って、ごついアーミーナイフを喉もとに押し付ける。
「殺すぞ……」
 痛みがあまりに激しかったのだろうか。僕の声を聞いて、本気だと悟ったのだろうか。
 彼女は声をあげなくなった。
 僕は彼女の下着に手を伸ばす。スカートを抑えるように抵抗するが、その力も弱々しい。僕は下着を引き千切ると、濡れているはずもない彼女のそこに自身を埋没させて行く。
「……くうっ」
 彼女が苦痛をこらえる吐息をもらす。快楽を一片も含まず。それで良かった。こんな糞に、快楽なんて欠片でも与えたくなかった。
 彼女の中に射精すると、彼女はそれがわかったのだろう。声を殺して、ただ涙をそっと浮かべた。まだ足りなかった。
 まだ、このくらいで許してしまう訳にはいかなかった。僕はそれだけ、彼女の言葉に傷ついたのだから。
 彼女の中から引き抜くと、今度は彼女の小さな蕾に僕は自身を当てる。
 彼女が「ひっ……」と声を上げるのが聞こえた。そうやらこっちは慣れていないらしい。
 僕はその事実にいっそう自分自身を昂ぶらせると、きちんと閉じたそこへと強引に挿入する。
「いた……痛いっ! 痛いッ!!」
 手をばたつかせて抵抗する彼女。
 僕は彼女の髪を思いっきり引っ張った。首が折れるのではないかと思えるほど、強く。
 こふっ。呼吸器からオカシナ音が漏れた。彼女の体から力が一気に抜ける。呼吸の音が聞こえるから、死んではいないらしい。
 僕は安心して作業に没頭する。
 押し広げられた彼女の蕾は、僕の大きさに耐えきれずに血をにじませていた。だけど、その時にはもう、それを見てもあまり気にはならなかった。都合良く潤滑油になるかな、って思っただけだ。
 深く突き上げる。僕の喉から快楽の吐息が出る。彼女の喉から苦痛の声がもれる。
 僕は彼女の蕾の中を行ったり来たりする自身を見て、これ以上なく陶酔していた。自身は蕾の中の排泄物によって汚れて行く。
「ほら……見ろよ。僕のがお前の糞で汚れちまってるじゃねぇか。糞が! そうさ、オメェなんて糞そのものさ。糞のくせしやがって、いつも僕を馬鹿にしやがって!」
 彼女はもう、何も抵抗しようとはしなかった。僕はそれを多少つまらなく感じながら、2度目を彼女の中に放出する。
「ふぅ……」
 汚物にまみれた自身をティッシュで拭き取る。その間も彼女は突っ伏したまま、身動き一つしなかった。やがて、低い嗚咽が車内に広がる。
「……なに泣いていやがるんだよ」
 僕はドアのロックを外すと、彼女をまたぐように助手席のドアを開ける。
「そらよっ!」
 言って彼女を蹴る。思いきり。
 用事が済んでしまえば、彼女に価値はまるでなかった。
「……ゴミは、山奥に不法投棄するものさ」
 僕は誰にも聞かれない言葉を呟くと、キーを回し、車を滑らせた。
 もう、ここでするべき事は何も残されていない。

 そうして僕は、家で愉悦にひたっていた。
 みんなが、僕を馬鹿にするからいけないんだ。
 だから、みんな傷つけてやる。
 鏡の中の僕は、ホクロも元通りになっていた。全てがあるべき場所に収まった。
 彼女も今ごろ、弟の恋人になった事を後悔してるだろう。だから最初から僕を選んでいれば良かったんだ。
 そこまで考えて、気の緩みからだろうか。僕は鏡を見ながら眠りの世界に落ちて行った。

 部屋のドアが開く音がした。
 僕のまぶたがゆっくりと開く。
 目を開いた先、『僕』は其処にいた。
 眠そうに座っている弟と、鉄パイプを痛いくらいに握りしめている『僕』。
 『僕』の視線は、一直線に弟に向かっていた。僕はその視線を知っている。
 それは、相手を生きている価値もないと確信している目だ。
 僕が弟を見る目だ。
 だから、あれは僕だ。弟は僕をそんな目で見て良いような資格は持ってはいないのだから。
 『僕』は一つ息をすると、鉄パイプを振り上げる。
 僕はそれを見て笑みを浮かべる。これで、ようやく弟の顔を二度と見ないですむ。弟はそんな僕に気づいているのか、馬鹿みたいな薄笑いを浮かべている。
 『僕』の手が振り下ろされる。弟の頭へと一直線に。
 あの手が振り下ろされると、弟はこの世界からずっと消えるだろう。
 それが、その瞬間が、楽しみで仕方なかった。


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