第2話


がたぴしひとのこころときかいのこころっ

 ざくざくと足下で霜がなり、赤いダッフル コートの裾に冷気が絡んで刺すほどに痛い。 北方から寒い風が吹き始め、夕方の訪れは驚 くほどに早くなりました。季節は本格的に冬 になったということでしょうか? 私はそん な事を考え、早朝の公園を散策しながら白い 息をはきます。
 早朝とはいえ、朝市の立つこの公園に恐ろ しいほど人影は無く、なんだか私は背筋に薄 ら寒い物を感じました。早朝礼拝とはそんな にも大事な物なのでしょうか?
「本当に、誰もいないね……そっちの方が都 合は良いんだけど」
 私はなんとは無しにパトラに言います。確 かに、アリティア叔母さまと会うには、これ 以上ないほど都合は良いけれど。なんだか薄 気味が悪くって……私がパトラを見つめると、 パトラはバスケットの中で毛布にくるまりな がら頷きます。
「ここはロードベルナーの災厄に近いからね、 神にすがりたくなる気持ちも分からなくは無 いさ」
 パトラの言葉に私は曖昧に頷きました。ロ ードベルナーの災厄と言われても私には今ひ とつピンと来ないんです。だって、それがお きたのは今から17年も前の話、私が産まれ る前なんですもの。私にとっては、聖戦も災 厄も同じ歴史上の出来事でしか無いの。大人 達は話したがらないから。
「フェルトは覚えてない……いや、産まれて ないはずだから見てないのか……フェルトは 災厄についてどのくらい知ってる?」
 パトラは毛布から首だけを出して呟きまし た。私は少し考えてから首を振ります。
「17年前に原因不明の閃光がおこって、ロ ードベルナーと呼ばれる小国と、穀倉地帯が 消滅した……そのくらいかな?」
 私が答えると、パトラは苦笑して言いまし た。
「足りない……いや、それで十分なのかも知 れないけどね……この地方でおこった聖戦は 知らないよね?」
「聖戦? 200年も前の?」
 私が聞くと、パトラは首を振って否定しま す。
「いや、それは人間同士の戦いだろ? そん なものでは……あ、いや、知らなければそれ で良いんだ」
 パトラの言葉に、私は釈然としない物を感 じました。人間同士の戦いじゃないって、ど ういう事なんでしょうか? 私がパトラを見 つめると、パトラは何か考えるような仕草を して、それから曖昧に笑って誤魔化します。 「あ、うん……もう終わってしまったことだ から、フェルトには関係ないよ」
「パトラ?」
 私がパトラを睨むと、パトラは毛布に潜り 込んで聞こえないふりをしました。私は、そ んなパトラを見つめてため息をつきます。パ トラはこうなるとてこでも動かないんだか ら……私はもう一度深くため息をついて、公 園を見渡しました。
 フォクスグローブの国立公園は、2つの大 きな池と街道に面した広場を持つ大きな公園 です。池の縁には灌木が立ち並ぶ散策路があ り散歩にはうってつけ、広場の近くには教会 もあるし、クリケットのコートもある。つま り、この町に住む人々の憩いの場っていう所 ね。待ち合わせには広すぎるけど。
 私は、散策路を歩きながらポケットの中か ら短い電報を取り出しました。

『愛するフェルトへ

   元気だった? 憎たらしい黒猫パトラは別 に元気じゃ無くても良いんだけどね。
 定期連絡はいつもの通り、月の始めに待ち 合わせをしましょう。そこからだとフォクス グローブの国立公園が良いわね。私はそこに しか行ったことが無いのよ。一日の朝、早朝 礼拝の始まる時間に。
アリティア』

 ……叔母さまらしいとも言えますが、私は 電報を畳んで苦笑しました。パトラは電報を 読んで怒り出すし、まあ、こうも広いと無理 も無いんですけどね……早朝礼拝が始まって から、もう1時間が経過しています。
「叔母さまは何処にいるのかしら?」
 私がそう言うと、パトラは再び毛布から顔 を出しました。……やっぱり聞こえてるんじ ゃない。都合の悪いことだけ聞こえなくなる なんて、随分と便利な耳ね……言いたいこと はまだまだ沢山有るけれど、私は黙ってため 息だけをつきました。
「早朝礼拝が終わったら市がたつんでしょ?」
 私がパトラに尋ねると、パトラは頷きます。
「そうなったら、ここは人で一杯になるぞ。 アリティアが何で来るか……まさかほうきで 飛んでくる事は無いと思うが、あの目立ちた がり屋の事だ。なにしろ前例があるからな」
「……ええ」
 パトラの言葉に私は笑って頷きました。
 パトラの言う前例ってやっぱりあの事でし ょうね。あのフェリングの街の謝肉祭の事。
「よく大事にならなかったよね、叔母さまら しいと言えばらしいけど……」
 私が苦笑すると、パトラはあきれたように 私を見つめます。
「フェルト……まだアリティアになついてい るのか? あいつのしたことは我々グランデ ュール家を……いや、全ての古き血の一族を 危険にさらしたんだ。それは分かるだろ?」 「それは分かるけど……あんな事ぐらいで」
「あんな事? あんな事だって?」
 パトラは強い口調で私を睨みました。
「君たち若い世代の人間は知らないだろうけ どね、未だに我々の事を恐れている人々も多 いんだ」
「ロードベルナーの事とか?」
 私は笑ってパトラに聞きました。
「そうさ、連中はロードベルナーの災厄だっ て我々の仕業と思ってる……説明付かない事 は全て我々の仕業だ。申し開きの場だって与 えられない。ある意味死刑囚以下だな」
 そう言うとパトラはため息をつきました。
「それを、カーニバルの仮装で儀式用の正装 をするなんて。しかも本物だぞ? 冗談にし てもほどがあるだろう? 正気の沙汰じゃ無 い……」
「あら、そこが叔母さまの魅力じゃない。カ ーニバルの仮装でどんな格好をしようと、だ れも本気にとったりしないわ」
「良く言うよ……」
 パトラは呟いてから、じと目で私を見つめ ます。
「ショックのあまり貧血で倒れたのは、何処 の誰だっけ?」
 それを言われると辛いんだけど……私はパ トラに苦笑を投げて、凍える手に息を吐きか けました。
 確かにアリティア叔母さまは偶に……いえ、 しょっちゅう人の度肝を抜くことをするけれ ど。でもね、そこにいるだけで空気が変わる 気がするのよ、あの人の存在感は強すぎるか ら……良くも悪くもね。
「まったく、アリティアときたら……姉妹だ っていうのに、エレノアとは似ても似つかな いな」
 パトラがそう言い、私はクスリと笑って答 えます。
「あら、そんな事分からないわよ……あんが い、お母さんも叔母さまの様な所があったん じゃ無いかしらね」
「エレノアにか?」
 そう言うと、パトラは笑い出しました。
「そりゃあ無いよ、エレノアは思量深い人 だ。アリティアの様に馬鹿なまねはしない さ」
 パトラの言葉に、私も少しだけ笑いまし た。
 違うのよパトラ。それは表に出すか出さ ないかの差でしかないの。お母さんとアリ ティア叔母さまは、もっと深いところで似 ているんだわ。例えば……
「ねえパトラ。お母さんだったら公園の何 処で待ってると思う?」
 私は笑いながらパトラに聞いてみました。 パトラは少し不思議そうな顔をして考えます。
「広場だな……エレノアは人混みが嫌いなく せに寂しがりやだったから、市が見渡せる広 場に近いところにいると思う」
 寂しがりや……アリティア叔母さまも、案 外そうなのかも。想像すると少し笑ってしま うけど。やっぱり叔母さまらしいと言えばら しいかな?
 私はクスリと笑ってパトラに答えます。
「叔母さまは絶対そこにいるわ。チョコレー トを賭けてもいいわよ」
 私の言葉に、パトラはやや釈然としない顔 をしていました。

 なんて言うか……殺伐としているというか、 人っ子一人いないってこう言うことでしょう か? シートがかけられた木箱や、出店は沢 山あるんですけどね……
「……絶対か? チョコレートか?」
 うう……パトラがあきれた顔で私を見てい ます。そんな顔で私を見ないでよ……
 街道に面した広場は寒々しいほど殺風景で、 見ててあきれるぐらい。後一時間もすればこ こに市が立ち、人が群がるなんてちょっと信 じられません。こう、広いところに人が誰も いないとなんだか寂しくなってくるし、叔母 さまが寂しがりやだとすると、ここにはいら れないような気もします。
「やっぱり、早朝礼拝が終わらないと誰も来 ないね」
 私がそう言うと、パトラはバスケットから 首を出して辺りを見回しました。
「……そうでも無いさ、見ろよフェルト」
 何かを見つけたのか、パトラが指さして私 に言います。あれは……男の人? 大きな荷 物を小脇に抱えて私たちの方に真っ直ぐ歩い てきました。
「おはよう。やあ、珍しいな。こんな時間に 人がいるなんて……この街の連中はみんな早 朝礼拝に出てるとばかり思っていたよ」
 男は私の近くに荷物を下ろすと、気さくに 言います。少し背の高い……がっしりした体 つきの青年。言葉に少し訛があるけど、この 辺りの人では無いのでしょうか?
「あ、おはようございます。私もちょっとビ ックリしました。もうすぐ朝市が立つのに、 誰もいないんですもの」
 私が言うと、男は頷いて荷物を開けました。 取り出したのは折り畳み椅子とイーゼルとカ ルトン? この人は絵描きさんかな?
「知らないところを見ると、君はこの辺の人 じゃ無いね……ま、おれも似たようなものだ けど……」
 男は笑い、懐から木炭とパンクズを取り出 します。
「見ての通りしがない絵描きさ。どうもね、 一つの所にいられない性分というか、あちこ ち旅ばかりしているんだよ」
「良いですね、そういうの」
 私がそう言って微笑むと、男も笑って私を 見ました。
「良いかな? そういうのはけしからんって 連中の方が多いと思うよ。おれはけっこう気 に入ってるんだけどね」
「描きたい物があるなら良いと思います。素 敵ですね」
 私が笑って答えると、男は苦笑します。
「素敵かどうかは知らないけど、描きたい物 なら確かにあるよ……」
 そう言うと男はカバンの中からクッキーを とりだして私に差し出しました。お礼を言っ て一枚受け取り囓ると、とっても甘くて幸せ な味がします。私は微笑んで、絵描きさんに 聞きました。
「描きたい物って、朝市なんですか?」
 私の言葉に、絵描きさんは少しだけ笑って 答えます。
「いや、ちょっと違うんだな。そろそろ来る と思うけど……あっ、ほら、アレだよ」
 絵描きさんはクッキーを囓ると、広場の中 央付近を指さしました。中央付近に動く影が 一つ。アレは……なんでしょう?
「機人だよ……200年も前、それこそ聖戦 の前に作られて、今ではその技術は伝えられ ていない。一種の芸術作品だね」
 アレが機人なんだ……話には聞いていたけ ど見るのは初めてです。ブリキで出来た体、 動きはなんだかぎくしゃくしていて愛嬌があ ります。背丈は私より少し大きいくらいでし ょうね。なんだかいそいそと動き回っていま すが、何をやっているのでしょうか?
「あれね、お店の開店準備をしているんだよ。 凄いだろ? あれが水だけで動いてるんだか らモーロの科学力には恐れ入るよね。しかも 自分で考えて動いてるんだから……」
「えっ? 機人って自分で考えて動くんです か?」
 私がビックリすると、絵描きさんは少し得 意げに言います。
「そうさ、簡単な命令を与えるだけで機人は 自分で判断して動くんだ。学習だってするし、 言葉だってしゃべる……どう? すごいでし ょ?」
「お前が凄い訳じゃ無いだろうに……」
 私が絵描きさんの言葉に感心していると、 バスケットの中からパトラが小声で言いまし た。私はビックリして絵描きさんの顔色をう かがってみたけど、どうやら聞こえなかった みたい……もう、パトラったら! 聞こえた らどうするつもりよ。パトラだってアリティ ア叔母さまの事を言え無いじゃ無い……
 私はそう思いながらパトラを睨んでため息 をつきます。なんだかんだ言ってもパトラも 似てるよね……そう言えば、パトラの前の主 人はお母さんだったらしいし、使い魔は主人 に似るって言うから……まさか、お母さんが パトラみたいな人だとは思えないんだけど。
 私は想像してから、もう一度ため息をつき ました。嫌だな……主人が使い魔に似るって いうのなら有りそうな話だし、その内私もパ トラみたいになるのかしら? そう考えると なんだか頭痛までしてきました。
「どうした? 具合でも悪いのか?」
 そんな私を見て、絵描きさんは心配そうに 聞いてきます。
「いえ……けしてそう言うわけでは……ただ、 やっぱり近しい人の影響って受けるのかな? なんて考えてしまって……ごめんなさい。こ れじゃ意味が分からないですね」
 私が苦笑しながら答えると、絵描きさんは したり顔で頷きました。
「なるほどねえ、なかなか興味深い問いでは あるな……なんなら直接聞いてみたらどうだ い?」
「……?」
 聞くって……まさか、この人はパトラがし ゃべれることを知ってるんじゃ無いの?
 私の背中に緊張が走り、私は少し身構えて 険しい顔をしました。でも、絵描きはそんな 私を見て、笑いながら言います。
「大丈夫さ、取って食われやしないよ。機人 って言うのはね、基本的に人の役にたつため に生み出されたんだ。みんな親切で礼儀正し いよ。主人の命令が無い限り人に危害を加え たりはしないさ」
 絵描きはそう言って片目をつぶって見せま した。機人……ね。とんだ誤解だけど、説明 もできないし……私は笑って良いのか怒って 良いのか複雑な気分です。でも、確かに機人 さんには興味があるんだけどね。
「そんなに難しく考えることは無いさ、言葉 の通じない犬や猫を相手にする訳じゃない。 例えば、僕の言いたい事が分かるかね、君」
 絵描きさんはそう言うと、パンクズををち ぎってパトラの鼻先に差し出します。パトラ はそれを見てすぎさまそっぽを向きました。
「ほらね」
 絵描きさんはそう言って笑い、私もつられ て笑ってしまいます。
「何がですか?」
 私が笑いながら聞くと、絵描きさんは仰々 しく両手を広げて頷きました。
「話が出きれば彼もパンを食べてくれたかも 知れないって事。どうかね、興味の有ること はとりあえずやってみるのが良いとは思わな いか? それは意外に容易いかも知れないよ?」
 絵描きさんはそう言って、わざとらしく片 目をつぶります。ずいぶんと気障な人ね、自 信が有るのかしら?
「ずいぶんと煽るけど。でも、お仕事の邪魔 では無いんですか?」
「邪魔? なんの邪魔? 開店準備の? そ れとも創作活動のかな?」
絵描きさんはそう言って笑いました。
「少なくとも、僕の邪魔にはならないよ。機 人もそうだけど、何より君に興味がある」
「えっ?」
 私が驚くと、絵描きさんは笑って私に言い ます。
「ああ、そう取って貰っても良いけど、当面 は君自身よりも、カルトンの中の君に興味が あるね。つまりは描かせて欲しいって事なん だ……あと5年したらもう一度言わせて貰う よ」
「あらいやだ、私は機人さんのおまけなのね」
 私は少しだけ怒ったふりをして絵描きさん を睨みました。絵描きさんはクッキーの袋を 私に手渡してクスリと笑います。
「俺はね、おまけっていう物が大好きなんだ よ。世の中に要らない物は沢山有るけど、お まけを要らないって人はいないだろ?」
 そんな絵描きさんの言葉に私もクスリと笑 いました。
「5年後には、言った言葉を後悔させてあげ ます」
 私はそう言って振り返り、クッキーを囓っ て歩き出しました。

 レモンの入った木箱が右から左へと運ばれ ていきます。広場で働いてるのは目の前の機 人さんだけ……なんだか妙に間抜けな絵図等 です。本当にこんな風景を描いているのかし ら? ふと振り返って絵描きさんを見ると、 一心不乱に何かを描いています。あの人が私 たちを描いてるって意識すると、なんだか照 れちゃうな……
「言っとくけど、君はおまけだからね」
 少しにやけ顔の私にパトラは冷たく言いま した。もう、パトラってすぐに嫌な事を言う んだから……
「分かってるわよ!」
 私はそう言って振り返り、機人さんの方に 視線を戻しました。
 ぱっと見は銅の様だけど、もっと軽くて丈 夫な金属で出来てるみたい。凹凸の無い体に、 誰が誂えたのかちゃんとシャツとズボンまで 着ています。これで帽子と靴まで用意して遠 くから見たら、本当の人間にしか見えないん じゃ無いかと思う。頭はサッカーボールくら いかな? 目に当たる部分にはコートのボタ ンぐらいのガラスが入っています。でも顔は それだけ……口が無いけど本当にしゃべれる のかな?
「あの……」
 私は恐る々々機人さんに話しかけました。 良く考えると、これで機人さんがしゃべれな かったら私ってば凄く間抜けだわ。あの絵描 きさん、実は私を騙してあそこで笑ってるっ て事無いわよね……
「はい、なんでしょう?」
 私が絵描きさんの方に振り返るのと、機人 さんがしゃべるのとほとんど同時でした。
「きゃっ!」
 私は驚いて、思わず声をあげてしまいまし た。パトラはそれを見てクスリと笑い、遠く の方で絵描きさんも笑っているのが見えます。 もう、2人供意地悪なんだから……
「ごめんなさい、驚かせてしまいましたか? えーっと……」
 思っていたよりもずっと綺麗な声で機人さ んが聞きました。なんだかガラスみたいな声 ね、透き通っててその上発音が素晴らしく素 敵なの。まるで歌っているみたい……
「なにかしら?」
 私の顔は自然にほころんで、夢見心地のま ま私は機人さんに聞きました。
「すみません。登録されていない方の個体識 別が私は出来ないのです……ですから、貴女 がお嬢さんなのかご婦人なのかよく分からな いんです」
 機人さんはそう言ってカクンと首を傾げま した。手は動かしたまま……こういう所を見 ると機械だなって思います。
「どっちかっていうとね……あと5年はお嬢 さんかな? 出来れば名前で呼んでね。フェ ルトって言うの」
 私がそう言って微笑むと、機人さんはちょ っとだけ首を前に傾けました。
「初めましてフェルト。私は識別名ケヴェリ 112式。個体名はコッペリオと言います」
 機人さんはやっぱり歌うようにそう言い、 バスケットの中でパトラがピクリと動きまし た。ケヴェリ112式……古代モーロの言葉 はよく分からないけど、きっと素敵な意味が あるんでしょうね。コッペリオの方が彼らし いけれど……
「コッペリオ、良い名前ね」
 私はそう言ってからため息をつきました。 コッペリオに名前を呼ばれただけで、なんだ か良い気分になってきます。機人さんてみん なこんな風なのかな?
「ねえコッペリオ、貴方の声って素敵だわ。 他の機人さんもそういう、ガラスみたいな声 で、歌うように話すの?」
 私が聞くと、コッペリオは分からないって いう風に、首を傾けました。
「良く分かりません。他の機人と遭ったのは もう200年も前の話でして、その頃は話し 方に注意など払っておりませんでした。それ に、ガラスみたいな声というのもコッペリオ は理解出来ません」
「じゃあ、仲間にはもう200年も合ってな いんだね。コッペリオは寂しくないの?」
「寂しい?」
 私の言葉にコッペリオは再び首を傾けます。
「済みません、コッペリオは寂しいという感 情を理解できません」
 そう言いながら黙々と作業を続けるコッペ リオを見て、私は唖然としました。バスケッ トの中からパトラが顔を出してため息をつき ます。
「何を期待してるんだか知らないけど、所詮 は人が作った物さ。そんなに何でもかんでも 万能じゃ無いよ」
 私はパトラの言葉に小さく頷きました。機 人さんには感情が無いのかも……って、ちょ っとパトラ、しゃべっても大丈夫なの? 案 の定コッペリオは首を傾けてパトラを見つめ ました。
「猫がしゃべるのを、コッペリオは理解でき ません」
「ああ、理解できなくて結構だね。ブリキの おもちゃなんかに理解されたくもない」
 パトラはそう言ってコッペリオを睨みつけ て、そっぽを向きました。
「パトラ、貴方ちょっと言い過ぎよ」
 私はパトラを睨み付けて強い口調でたしな めます。パトラはコッペリオの方に侮蔑の視 線を送り、それから私の方を見て苦笑します。
「はん……フェルトは、昔こいつが何をした か知らないからそんな事言えるんだ」
「……?」
 私はパトラをちらりと見てから、コッペリ オに視線を戻しました。コッペリオが昔何を したって言うの? とても悪い様には見えな いけど……パトラは私を見て冷たく笑います。
「ケヴェリっていうのはね、古代モーロの言 葉で戦闘人形って意味があるんだよ。こいつ は戦争の時に作られた、人を殺すための道具 の一つだ」
 パトラガそう言い、私は驚いてコッペリオ を見つめます。
 コッペリオが戦争の道具……嘘でしょ?
 私が唖然としていると、パトラは私を見つ めて呟きました。
「嘘だと思ったら所属部隊名と戦績を聞いて みると良い……機人は嘘を付かないし、デー タとして記録されてるはずだ」
 パトラはそう言い、コッペリオは少しだけ 首を前に傾けました。
「はい、コッペリオは記憶しています。部隊 名はレスチャイド、戦績は12470です。 コッペリオは嘘を付きません」
「レスチャイドだって? 最悪だ! イース トリバーの死神部隊だぞ……スコアが120 00って事は少なくともその4倍。5万人ぐ らいの人間を殺してるって事になる……」
 パトラは唖然としてコッペリオを見つめ、 私はパトラの方を見て苦笑しました。
「や、やだなあパトラってば、そういう冗談 は質が悪いよ……」
 冗談なんでしょ? 私はパトラに笑いなが ら聞いてみたけれど、パトラは黙って首を振 りました。
「残念ながら本当のことだ。こいつは命令さ えあれば2時間でこの街を焦土に出来る力を 持っている……戦闘機械の中でも、最低最悪 の部類に入る代物って事だ」
 パトラがそう言ってコッペリオを凝視し、 私はあまりのことにめまいがしてきました。
「フェルト、コッペリオは何か悪い事をしま したか?」
 そんな私を見てコッペリオは首を傾けて聞 いてきます。パトラはあきれた様な顔をして コッペリオを睨みました。
「しかも自覚無しと来ている……もっとも、 罪の意識なんて戦闘では邪魔以外の何者でも 無いんだけれど……」
「でも……でもさ、それってコッペリオに命 令した人間が悪いんであって、コッペリオの 所為じゃ無いんじゃない?」
 私がパトラにそう言うと、パトラは頷きま す。
「拳銃は引き金を引いた人に責任があって、 銃には責任が無いって言いたいんだろ? で も彼には意志があり、自分の考えで命令を実 行したんだ。もちろん拒否は出来なかっただ ろうけど……」
 パトラはそう言ってため息を一つ。
「でもさ、犠牲になった人達はどうなるんだ? 彼は命令を聞く立場で、拒否は出来なかった から彼の責任では有りません。そう言って納 得すると思うかい?」
 パトラの言葉に、私は俯いて首を振りまし た。彼の所為じゃ無いとか、仕方無いとか言 う言葉は彼の犠牲になった人には関係ない事 なんです。パトラは苦笑しながら私に言いま した。
「もちろん彼だけの所為じゃ無いことは分か っているさ。その罪の大半はその戦争に関わ った全ての人間に等しく平等に有ると思う。 これは理論や理屈じゃ無く、感情の問題なん だよ」
 パトラはそう言って薄く笑うと、下を向い てため息をつきました。理屈好きなパトラの 口から、感情の問題なんて言葉が出ると思わ なかった……らしくないとか思ってるんでし ょうか?
「……パトラはコッペリオが生きている資格 が無いって思うの?」
 わたしがパトラに聞くと、パトラは首を振 りました。
「そうじゃ無い。資格があるとか無いとか、 そんな偉そうな事を言ってる訳じゃ無いんだ。 ただ、関わり合いたく無いだけなんだよ……」
 パトラの言葉に私は頷いて、そっとパトラ の頭を撫でました。理屈や理論をいくら並べ たって感情には勝てないのは分かってるんで す。でもそれを押さえることは出来る……私 には今、パトラがそれをしている事が良く分 かります。私はパトラの頭を撫でたまま、コ ッペリオに聞きました。
「ねえコッペリオ、最後に私の質問に答えて くれないかな? コッペリオはこの街が好き?」
 コッペリオは首を前に傾けて答えます。
「好きです」
 コッペリオの言葉に私は微笑んで頷きまし た。
「それじゃもしもね、命令があってこの街を 破壊しろって言われたら、貴方はそれを出来 る?」
 コッペリオは少し考えてから、再び首を前 に傾けます。
「命令があれば、コッペリオはそれを出来ま す。その為の力を与えられているし、その為 に生み出されましたから。ただ……」
「ただ?」
 私が聞くとコッペリオは、初めてその手を 止めて、私に答えました。
「ただ……出来ればコッペリオはそれをした くはありません」
 コッペリオはそう答え、それから思い出し たように手を動かし始めます。私はそれを見 て微笑むと、パトラに小さく呟きました。
「大丈夫だよね、コッペリオはきっと、幸せ になれるって思わない?」
 私の言葉にパトラは答えず。そのまま黙っ てそっぽをむきました。

 朝の公園に響き渡る鐘の音が、冷たく澄ん だ空気に乗って4つ聞こえました。それは早 朝礼拝の終わりを告げる鐘であり、一日の始 まりを告げる鐘でもあります。少しすれば朝 市が始まってここも人で一杯になるでしょう。 私は木箱に座ったまま、パトラに話しかけま した。
「ねえ、叔母さまとの待ち合わせはどうしよ うか? 朝市も始まっちうし……」
 私はそう言って近くで作業していたコッペ リオを指さしました。見ると開店準備はすっ かり終わっていて、後はお客さんを待つばか りになっています。
「どうしようって……どうしようも無いだろ う。このまま帰るのも癪だし、朝市でものぞ いて宿に戻るか……後で電報でも打つんだね」
「それしかないかな……」
 パトラの言葉に頷いて、私は小さくため息 をつきました。広場にはまばらに人がやって 来て、小さな子供や幸せそうな老夫婦もいま す。ここではコッペリオは人気者みたい、す ぐに沢山の顔なじみが朝の挨拶にやって来て、 コッペリオは首を傾けて一人一人に挨拶をし ていました。
「コッペリオは人気者みたいね……」
 私がパトラに微笑むと、パトラは眉をしか めて答えます。
「みんな知らないだけなんだよ……わざわざ 教えてやる義理も無いけどね」
 パトラの言葉に私はクスリと笑いました。 知らないことは知らなくて良い、大人達がよ く使う言葉だけど、確かにそうなのかも。世 の中には幸せになれる事も沢山あるのね……
「そう言えば……コッペリオの今の主人が冗 談で人を殺せとか言ったりしないかしら?  よく考えると、少し怖いよね?」
 私がパトラに聞くと、パトラはきょとんと した顔で私を見て、それから大笑いしました。
「フェルトって何も知らないんだな……機人 は基本的に人を傷つける事が出来ないんだよ」
「でも、コッペリオは実際に戦争で使われた んでしょ?」
 私が聞くと、パトラは頷きます。
「機人にそれをやらせるには、厳重にロック されている封印を、解くパスワードがいるん だ。それも古代モーロ語の……今じゃそんな の誰も覚えてないから、その点では安心だね」
「でも、何かの拍子で偶然それがはずれたり したら……」
 私は想像して少し怖くなりました。でもパ トラはそんな私を見て再び笑います。
「無い無い……そんな事あり得ないよ。そん なに簡単なパスワードを機人にかけるはず無 いから、そんな事がおこるのは流れ星に当た って死ぬ確率より遙かに少ないって言える」
 パトラはそう言ってクスリと笑うと、少し 考えて言いました。
「例えば……今、僕が古代モーロ語である単 語を思い浮かべたから当ててごらん。ちなみ に発音も正確じゃ無いと正解とは認めないか らね」
「そんなの絶対当たるわけ無いじゃない!」
 私の言葉にパトラは頷きます。
「そう、絶対に当たらない。もしこれが絶対 で無いならコッペリオは存在しちゃいけない んだよ……僕の言ってる意味が分かるね?」
 パトラが少し真面目な顔でこたえ、私は神 妙に頷きました。パトラが言っているのは、 この街で普通に生きていくって事だけでは無 く。再び戦争に使われる危険性があるならっ て事なんです。パトラは私を見て少し笑うと 言いました。
「大丈夫。コッペリオが人を殺すなんてあり 得ないさ。今ではもう失われた言葉であり、 伝える者もいない……もし、だれかが正解を 知っていたとしても、正確な発音なんて不可 能だよ」
「パトラは知っているんでしょ? 古代モー ロ語……」
 私は少し納得がいかずに、パトラに聞きま す。パトラが知っているのなら、他にも知っ ている人がいてもおかしくないと思うのだけ ど……パトラは私の問いに少し苦笑してこた えました。
「ごめんフェルト……僕はフェルトに隠して いる事があるんだ。今は話せる時期じゃ無い けどいつかフェルトにも分かる日が来ると思 う。今はただ信用して欲しいんだ、とてもむ しのいい話だけど」
 パトラはそう言ってため息を一つつきます。
「古代モーロ語を話す可能性が有るのはね、 僕を除くと3人しかいないんだよ……一人は 君のおばあさんであるグランデュール家名代。 一人は……」
「一人はあたし、でしょ?」
 唐突に背後から話しかけられて、私とパト ラは凄く驚きました。
「うかつね、パトラ。こんな人の多いところ でしゃべるなんて、私みたいに誰かが聞いて いるかも知れなくてよ」
 振り返るとそこには派手な格好をしたアリ ティア叔母さまが立っていました。派手では あるけど今日はまともな格好みたい……私は ほっとすると同時に、少しがっかりもしてい ます。
「おはようフェルト、今日も可愛いわね。早 くも男を一人引っかけたみたいだけど。男を 手玉に取るには少し早いんじゃ無いかしら?」
 アリティア叔母さまはそう言うと、絵描き さんの方をちらりと見てウインクします。
「嫌だわ……叔母さまったら隠れて見てらし たのね」
 私がそう言うと、叔母さまは笑って頷きま す。パトラは唖然として叔母さまを見て、そ れから怒りだしました。
「おい! 僕たちがこの寒い中何時間待って たと思ってるんだ。どうして僕らを見つけて すぐ現れない!」
 パトラはそう言って叔母さまを睨み、叔母 さまはわざとらしくおびえたような顔をしま す。
「お〜怖い。パトラってばカルシウムが足り ないんじゃ無いかしら、それもこれもお酒ば っかり呑んでるからでしょ? フェルトこん な馬鹿猫を甘やかしちゃ駄目よ」
「いいから質問に答えろ!」
 パトラは強い口調で言い、叔母さまはにや にや笑いながらこたえます。
「パトラって泣いてる赤ん坊にも『何で泣く んだ!』とか言いそうよね。まったく何時ま でたっても子供なんだから……」
 叔母さまの言葉にパトラは二の句もつげず 唖然としてます。私はそんな2人を見て大笑 いしました。叔母さまったら自分の事は完全 に棚に上げて言うんですもの……らしいと言 えばらしいけどね。でもこのくらいじゃ無い とパトラをやりこめるのは無理なのかな? 私は少し感心しながら叔母さまに聞いてみま す。
「叔母さまが古代モーロ語をしゃべれるかも 知れないって、どういうこと?」
 私の問いに、叔母さまは笑ってこたえまし た。
「簡単よ、私は頭が良いからいろんな言葉を 知ってるの。口げんかは31カ国語で、悪口 ならその倍くらいは話せるわね。もっとも大 半は読み書き出来ないけれど」
 そう言って叔母さまは何カ国語かでパトラ の悪口らしき事を言いました。いちいちパト ラが怒って言い返すから間違いないみたい。 ほんと、叔母さまって奥が深いわね……でも 他のもう一人って誰かしら? 私には想像つ かないんだけど……
「もう一人はね、エレノア姉さん。つまりフ ェルトのお母さんよ……それ以外に古代モー ロ語を正しく発音出来る人はいないわ」
 私の顔を見て、アリティア叔母さんはこた えます。お母さんか……私の小さい頃に行方 不明になったらしいけど、生きていればそれ で3人。だから可能性って言葉を使ったのか な? 私がパトラの方を見ると、パトラは黙 って頷きました。
「お父さんはどうなのかな? お父さんは一 族の中でも伝説になるほどの人だったんでし ょ? お母さんと一緒に行方不明なら生きて るかも知れないし、話せるかも知れない」
 私がそう言うと、パトラとアリティア叔母 さまはそろって驚いた顔をしました。2人は 顔を見合わせて苦笑すると頷いて、それから パトラが口を開きました。
「ん……ちょっと言いにくい事なんだけど、 フェルトのお父さん、フレディーはもうこの 世にいないんだよ……これだけは確実に分か っている事なんだ。僕が彼の最後を看取った」
「パトラが?」
 私が聞くと、パトラは黙って頷きました。
「そうだったんだ……この場合お礼を言った 方が良いのかな……」
 私が笑顔を作って言うと、パトラは黙って 首を振ります。
「いや……それよりも黙っててごめん。フェ ルトにはもう伝えてあると思ってたから……」
 パトラはそう言い、叔母さまはパトラを怖 い顔で睨みました。
「馬鹿よね……その内、嫌でも分かってしま うことなのに。まったくあんたを見てると吐 き気がするわ……」
「アリティア! それ以上一言でもしゃべっ たら、その口を引き裂くぞ!」
 パトラは鋭い目でアリティア叔母さまを睨 むと、強い口調でそう言います。叔母さまも 薄く笑うとパトラを見つめて言いました。
「心配しなくたって話す気なんて毛頭無いわ よ……母さまもあんたも何を考えてるか知ら ないけど、自分たちで蒔いた種は、自分たち でなんとかしなさい」
 叔母様の言葉にパトラは怖い顔をします。 2人の言ってる意味は良く分からないけど、 いつもの冗談交じりの喧嘩では無いみたい。
 私が戸惑いながら二人を見ていると、背後 で突然大きな音がしました。私たちは振り返 り市場の方を見つめます。堆く詰まれた荷馬 車の荷台から崩れた沢山の木箱……その下に 見えるのは金属で出来た足……まあ、なんて 事!
 私が反射的に駆け出すのと、誰かが悲鳴を 上げるのは、ほぼ同時でした。

 誰かの悲鳴が市場に響き渡り、沢山の人が 集まって来ています。私は辺りを見回して、 その中に絵描きさんを見つけると、何があっ たのか聞きました。
「過積載の荷馬車が広場に入って来てさ…… 石畳を車輪が咬んで、荷物が崩れたんだよ。 コッペリオは反射的に子供をかばって、その まま一緒に下敷きになった」
 絵描きさんは悲痛な声でそう言い、袖をま くると崩れた荷物をどかし始めます。私も手 を貸そうとしましたが、絵描きさんは黙って 首を振りました。
「離れていた方が良い……子供も一緒に巻き 込まれたんだ。見たくない物を見る可能性が ある」
 絵描きさんの言葉に私は頷き、そのまま離 れて作業を見つめます。沢山の男が一つ一つ 木箱をどかしていくのに、作業はちっとも進 んだ気がしません。何をやっているの? 早 く助けてあげないと……私は少しいらついて 崩れた荷物を睨みました。後ろでアリティア 叔母さまが私の肩に手を置いて呟きます。
「考え無しに荷物をどかしたら、もう一度崩 れるかも知れないでしょ? 奇跡的に下に隙 間が出来ていても、もう一度崩れたらそれで お終いなの……いらつくのは分かるけど、私 たちには見ている事しか出来ないのよ」
 叔母さまの声に私は頷き、唇を咬んで作業 を見つめました。凄く……凄く長い時間がた って、コッペリオの姿が見えた時、私は思わ ず悲鳴を上げました。サッカ−ボールみたい だった頭は無惨仁変形して亀裂から銀色の体 液が流れだし、足はひしゃげてねじ曲がり、 背中には冗談みたいに大きな穴が空いてたの。 そして、体の下には小さい隙間……男達が、 コッペリオの体を他の木箱の様に乱暴にどけ ると、ほとんど無傷の子供がいたのよ。
「子供は無事だぞ!」
 誰かが近くで大きな声をあげ、周りの人々 は歓声をあげます。私はコッペリオの元に走 り、その場で跪きました。
「コッペリオ?」
 私の声にコッペリオは指先を少しだけ動か して応えます。そのまま体を返そうとするけ ど無理みたい。私はほっと胸をなで下ろすと 手を差し出してコッペリオを仰向けに寝かせ ました。
「良かった、もう動かないんじゃ無いかと思 っちゃった……」
 私がそう言って微笑むと、コッペリオは首 を少しだけ動かします。これって笑ってるの かな? そう考えると少しだけ可笑しくて泣 けてきました。
「それにしても酷いよね、そりゃ子供が助か ったのは喜ばしいことだけど、コッペリオが こんな酷い怪我をしているのに見向きもされ ないなんて」
 私はそう言うと、歓声を上げている人々を 見回してため息をつきます。私の傍らでコッ ペリオを見つめているパトラが笑って言いま した。
「そりゃ仕方ないさ、コッペリオは機人だも の。修理すれば明日にも元通りに動けるんだ から、どうしたって優先順位は低くなるよね」
 パトラの言葉に私は少し怒って言います。
「それはそうかも知れないけど。でもこの扱 いは酷すぎると思わない? みんなは一体何 を考えているのかしらね?」
 私が言うと、パトラは少し苦笑して言いま した。
「何をって、当然の事をしたぐらいしか思っ て無いんじゃない?」
「当然のこと? コッペリオ以外の人間は、 彼が子供を庇って下敷きになるのが当然だっ て思ってるの?」
 私が聞くとパトラは頷き。
「そうさ、ここにいる人達はみんな。俺達が 機械の体を持っていたら同じ事をするって思 ってるよ。だってどんなに酷い怪我をしても すぐに直っちゃうんだもの」
 そう言って笑います。それって違うと思う けど……私は周りを見回し、パトラを見て、 それからコッペリオに視線を戻して言いまし た。
「コッペリオが機人だから、もし死んじゃっ ても仕方ないって言うの? 本気でみんなも パトラもそう思ってるの?」
 私の言葉にパトラは苦笑します。
「いや、そうじゃ無いよ。ただ、機人の方が 人間よりも丈夫に出来てるし、怪我をしても すぐに直るからね……子供と機人だったら可 能性の問題としてさ。考えれば分かるでしょ?」
「可能性?」
 パトラの言葉に私は唖然として言いました。
「可能性って何よ? 積み荷が崩れて子供の 命が危ないときに、可能性なんて考えて動け るはずが無いじゃない! それとも崩れてき た荷物がもっと大きくて重い物とかで、庇っ ても助けられる可能性が無いと思ったら、諦 めるって言うの?」
 私は強い口調で言いました。
「もし自分たちが機人ならなんて本気で思っ ているのなら、この人達は誰一人としてあの 子を救えないわ。この中でコッペリオだけが 打算も名誉も危険も省みず、命令も無いのに それを出来るのよ」
 私が言うと、パトラは少し怒った様子で私 を見ます。口元に冷たい笑いを浮かべて私に 言いました。
「君は機人を美化し過ぎているんじゃ無いの か? 確かに彼の行動は立派で尊いと思うよ。 でも、彼はそう作られているだけじゃ無いか、 その為に作られたのならそう出来るのは当然 だろ?」
 パトラはそう言って苦笑します。
「君は見ているだけで何も出来なかった人間 を酷いと思うか? 僕はそう思わない。だっ て人間だもの。当然怖いと思うし、足だって すくむだろう。機人はそういう時、人間の代 わりになる為に作られたんだ」
 パトラの言葉に私は首を振りました。
「それが間違ってるって言うの。だってそれ はパトラが機人を物として見ているって事で しょ? そんな考えが機人を戦争の道具にし てしまった事に、なんで気付かないの?」
 私の言葉にパトラは何かを考え、そして黙 って俯きます。私はパトラに聞きました。
「私には分からないけど、人を殺す事だっ て怖いことだし足だってすくむと思うの。 でも、そんな事をする為に作られた機人は 間違ってるって思うでしょ? それとどう 違うのよ?」
「違うよ……」
「違わない!」
 パトラの言葉を私は否定します。
「彼等には、意志があり自分の考えで動く ことが出来るの。私たちがしなくてはいけ ない事は命令じゃ無いの。一緒に考える事 なのよ……」
 私は胸元のクロスを握りしめてパトラに 言いました。
「私達を作ったのが神様なら、神様に命令 された事はいくら間違っている事でも従わ なくてはいけないの? 私は違うと思う。 間違ってる事は間違ってるって言える、そ れが大切なの。もしその身を犠牲にする時 があるなら、それは彼や私達一人一人の意 志で決めなくてはいけないし、そう作られ るべきなのよ……生きているってそういう 事でしょ?」
「そうだね……でもそれは理想でしか無い」
 パトラはそう言って俯くけど、私はそう は思わない。だってコッペリオは言ったも の『それをしたくは無い』って。近い将来 彼だったら理解できると思う、そしてこう 言うのよ。
『マスター、それは間違っています』
 って。それはきっと素晴らしい事だと思 うの。私はコッペリオの頬に手を置いて微笑 みながら撫でました。

 暖かいミルクと魚の揚げ物を食べながら、 私とパトラとアリティア叔母さまは朝市を歩 いています。さっきまでの騒ぎが嘘みたいな 活気ですが、やっぱり機人さん一人の事など 誰も無関心なんでしょうか? 私がそう思っ てため息をつくと、叔母さまは笑いながら私 の肩を叩き、指を指しました。
 見ると、布をかけられたコッペリオの前に 詰まれた、色とりどりの花や果物たち。今も 男の子がその山の上にオレンジを一つ載せて 行きます。私はパトラとアリティア叔母さま に微笑んで駆け出しました。
「ねえ、コッペリオは魚の揚げ物好きかしら?」
「食う分けないだろ?」
 背後でパトラがそう言うのを、私は完全に 無視します。叔母さまはただ笑っていました。 「ねえパトラ……いえ、フレディー義兄さん。 フェルトは姉さんそっくりね。義兄さんにも 似てるけど」
「フェルトは僕らの物じゃ無いさ、似る必要 なんて無いし、僕らの愚かさを繰り返して欲 しくない……分かるだろ?」
 叔母さまが何かをパトラに言い、パトラは ただ苦笑しています。良く聞こえないけど何 を話しているのかな? 気になって振り返る と、後ろに絵描きさんが立っていました。
「やあ、先ほどはどうも。なんかとんでも無 いことになっちゃったけどね」
 そう言ってため息をつく絵描きさんに私は 聞きました。
「絵は完成したんですか?」
 私の言葉に絵描きさんは頷いて、荷物の中 から油紙に包まれたカルトンを取り出します。 それは、私とコッペリオが楽しそうに笑って いる絵でした。
「どの時点で完成かは人にもよるけれど、僕 はこれで良いと思ってる。本当なら今のコッ ペリオを描くべきなのかも知れないけど、僕 は描きたく無い。何故だか分かるかい?」
 私は首を振り、絵描きさんは笑いました。
「今の彼は変わらないからさ。変わらない物 を描いても仕方ないと僕は思う。そんな物は 直接目で見れば良いわけで、絵にする必要な んか無いと思っているんだ」
 絵描きさんの言葉に私は頷き、絵描きさん も私を見て楽しげに頷きます。
「僕が描きたいと思うのは……描かなくては ならないのは、変わり行く一瞬なんだ。君と コッペリオがお互いに影響し合い、変わって いく一瞬。考えると素敵だろ?」
 絵描きさんの言葉に私は微笑みました。こ の人は機人さんを物としてみてはいない、き ちんと一つの意志として認めているんだ。そ う思うとなんだか嬉しくなってきたの。
「素敵ですね、お互いが良い方向に影響しあ えたら……自分じゃ良く分からないけど」
 私は山の様に詰まれた花や果物を見ながら そう言いました。この人達もコッペリオに何 かを与え何かを受け取って行くのでしょう。 そう考えると、理想はそんなに先の話じゃ無 い気がします。パトラは笑うと思うけどね。 私がそう思いクスリと笑うと、絵描きさんは カルトンを果物の山に立てかけて言いました。
「本当は、書き上がったら君にあげようと思 ったけど。これはコッペリオにあげることに しよう。君には5年後に花と一緒に絵を贈ら せてもらうよ」
「楽しみにしてます」
 笑って私が言うと、絵描きさんも笑って荷 物を肩に掛けます。振り向きざまに私に手を 振りながら絵描きさんは言いました。
「うん、いい娘だ……君だったら特別に4年 半にまけておこう。それまでに女を磨いてお いてくれ」
 絵描きさんの言葉に私は吹き出し、笑いな がらその背中に言います。
「私も、後悔させてあげようと思ったけど、 話ぐらいは聞く気になりました。それまでに 絵の腕を磨いておいて下さいね」
 私の言葉に絵描きさんは片手をあげて応え ました。

「あら嫌だ、もうそんな時間なの?」
 叔母さまの肩に一羽の白い鳩がとまり、耳 元で何かを囁きます。私は鳩に手を伸ばして 微笑むと、挨拶をしました。
「叔母さま、またお使いを変えたのね。この 子の名前はなんて言うの?」
「アンナよ、パトラと違って良い子なんだけ ど、時間にうるさいのが玉に瑕ね」
 叔母さまはそう言ってため息をつき、私は 苦笑してアンナに挨拶をしました。時間にう るさいと言っても、もうお昼前で朝市も終わ りの時間です。見れば人もまばらで、閉まっ てる店も多いみたい。私達は念のため誰もい ない木陰に入り、叔母さまを見送る準備をし ました。
「それじゃフェルト、また2ヶ月後ね。でも、 パトラを絞め殺したくなったら何時でも呼ん でちょうだい。手伝うから」
「さっさと帰れ、出来れば二度と来るな!」
 パトラがそう言い、私は苦笑しながら叔母 さまと握手します。この二人は仲が良いんだ か悪いんだか……結局似たもの同士って事な のよね。私がそう思ってため息をつくと、パ トラと叔母さまはそろってくしゃみをしまし た。
 叔母さまが右手を振ると、木陰に1メート ルくらいの穴が出現します。転移用のゲート、 魔女が移動手段によく使う物で、簡単な魔法 らしいです。私は使えないんだけど。
「なに暗い顔してるの? フェルトにもその 内出来るようになるわよ。あたしが保証する わ」
 叔母さまはそう言って笑うけど、本当かし らね? 私はため息をついて叔母さまに一応 頷いてみせました。叔母さまは少し複雑な表 情で頷くと、私の頭を撫でます。
「じゃあね、フェルト、パトラ。二人とも元 気でやんなさいよ」
 そう言って叔母さまは、ゲートの向こうに 姿を消しました。私は苦笑しながらゲートが 閉まるのを確認しつつ辺りを見回します。こ んな所人に見られたら大変だしね。
「やっと、うるさい奴が消えたな」
 パトラはそう言ってため息をつくけれど、 私は微笑んで言いました。
「あら、本当は少し寂しいんじゃ無いの?」
 私の言葉にパトラは絶句して私を見つめ、 有無を言わさず首を振ります。そんなに露骨 に嫌がる事無いと思うんだけどね。
 でも、誰かに影響を与え、自分も変わって いける、そんな関係は素敵だと思うの。だか ら人って面白いのよ。大切なのは向上心と折 れない心。それだけなんだと私は思うわ。
 私は少し微笑んでパトラを抱き上げて歩き 出しました。
 法歴261年12月。西方が雪に閉ざされ る少し前の朝でした。

次回更新予定日 12/20 ,2001

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