瑪瑙の指輪と樫の杖

煎餅屋 光圀

 盛大な歓声を上げて、人々は色とりどりの 華を宙に投げた。その下を樫の木で出来た杖 を持ってエフィーが進む。
 これは僕らの村に定められた神の元に嫁ぐ ための儀式だ。今日この日から村一番の美人 であるエフィーは、一生だれとも結婚しない ことを僕らの前で誓う、つまり僕らの為に神 様に祈りを捧げる神官になるのだ。
 僕の隣で、エフィーの妹であり、僕の幼な じみであるウイーネが誇らしげな顔をして、 しきりに手を振っている。ああ、多分嬉しい んだろうな、優しい姉様が誰の物にもならず、 ずっと自分だけの優しい姉様でいてくれる事 が。
「ねえ、知ってる? 姉様は自分から志願して 神官になったのよ、あのいけ好かない詩人の レニジェや、乱暴者で頭の悪いモルフの求婚 を目の前で断ったんだから」
「はいはい、そいつは凄いね」
 僕は、上辺だけで適当に相づちを打っておき ながら、目の前の小石をけっ飛ばした。ウィ ーネから同じ事を何回聞いたと思ってるんだ。 まったく人の気も知らないで。
「素敵よね、神官服に、樫の杖、それに金緑 石の額冠。そりゃあ、求婚の瑪瑙の指輪も素 敵だけどさ、送ってくる相手しだいよね」
 ウィーネはそういって、僕の方をちらりと見 た。僕はまた適当に相づちを打つ。
「私、ニールのだったら受け取ってあげても いいわよ」
「そいつは、ありがとう。5年後に相手が居 なかったら是非頼むよ」
 僕はウィーネの方を見もしないで、適当に答 える。まったく何処まで本気なんだか。
 ウィーネは頬を膨らませると、僕の足を思 いっきり踏みつけた。僕は声にならない悲鳴 をあげてうずくまる。
「ふん、せいぜい土下座して頼むのね、貴方 なんかの求婚を受けてくれる女の子なんて、 私ぐらいしかいないんだから」
 僕は、足を押さえながら苦笑した。もし僕が エフィーに瑪瑙を送ったことを知ったらただ じゃすまないだろうな。結局受け取ってもら えなかったけど。
 僕は蹲りながら、エフィーの姿を見つめた。 エフィーもそれに気が付いて、僕らに軽く手 を降った。ああ、なんで女の人はあんなにも 振った男の前で平気でいられるんだろう、レ ニジェや、モルフは悔しくて、今日の儀式に 参加もしてないっていうのに。
 結局僕らなんてはなっから相手にされて無 いって事だろう。多分エフィーが瑪瑙を受け 取る相手はフィルマーだけなんだ。多分ウィ ーネは知らないと思うけど。
 僕は、ちらりとウィーネを見た、ウィーネ ははしゃぎながらエフィーに手を振る。
「ねえ、ねえ、今、姉様が手を振ったわ、素 敵よね、私も神官になっちゃおうかしら、誰 かさんなんかほっておいて」
 僕はあきれながら、ウィーネに呟く。
「そいつは、止めた方がいいよ。エフィーだ って好きでなる訳じゃないさ」
 僕は1つため息をついた。

 フィルマーは小さい頃の僕の師匠だった人 だ。真っ直ぐに飛ぶ弓の作り方とか、木の上 に秘密基地を作る方法とか、川での魚の取り 方とか、おおよそ、子供達が知りたがって、 大人達が教えたがらない、いろんな事を僕は 彼から学んだ。
 正直、大人達から見れば、不良のレッテル を張られる子供だったけど、僕らはフィルマ ーが大好きだった。会うことを禁じられても、 それだけは聞けない、たとえ、罰として馬小 屋の掃除を命じられても、僕らは平気でフィ ルマーと遊んだんだ。
「ねえフィルマー、大人になったら、なんに なるの?」
 僕はいつだったか、秘密基地でフィルマーに 聞いた事を思い出した。その時フィルマーは 軽く笑って答えたんだ。
「そうだな・・・・・・大人になってから考える よ、とりあえず旅がしたいかな? ニールお前 は?」
「僕はね、エフィーのお婿さん」
 僕がそう言うと、フィルマーは笑って答えた。 「ウィーネが悲しむな・・・・・・ニール、女を 泣かせるのは最低の男のやることだ、ニール がその気ならウィーネには自分で言うんだぞ」
 僕は、首を傾げて答えた。
「なんで?」
 フィルマーはそれを聞いて、苦笑する。
「ニール、お前にはまだ早かったな、でもち ゃんと覚えておくんだ」
 多分、これがフィルマーと話した最後の会話 だったと思う。その数日後フィルマーは帰ら ぬ人となってしまった。僕はショックのあま り家を飛び出して、秘密基地で泣いていたん だ。そうしたら、そこにエフィーがやって来 た。
 ショックだったよ、エフィーがこの秘密基 地をしっていた事とか、フィルマーの名前を 呼びながら木にすがりついて泣いている事と かが。でも1番ショックだったのは、エフィ ーが瑪瑙の指輪を木の下に埋めていた事だっ た。僕は後で掘り返してみたんだ、指輪には ちゃんとフィルマーの名前が刻まれていたん だ。すごく滑稽な話だよね。なんでフィルマ ーは僕に言ってくれなかったんだろう。僕に はそれが1番ショックだった。

 僕はね、だから知らないふりをしてエフィ ーに瑪瑙を送ったんだよ、君との約束通りね。 当然、受け取ってもらえなかったけど。

 僕は、みんなの前で微笑んでるエフィーを 見て思った。神官になれるのは今まで1度も 結婚したことのない人だけなんだ。でもエフ ィーは既にフィルマーと結婚している。
 多分、これはエフィーとフィルマーの結婚 式なんだ、今まで誰にも秘密にしていた君た ち2人の、これでやっとエフィーは晴れて君 の奥さんになれる。そう思うとなんだか可笑 しくて、涙が出てきた。
「ねえニール、なんで泣いてるの?」
 隣で、ウィーネが僕を心配そうに見つめてい る。そうだよニール、大好きな人達の結婚式 なんだろ? 笑って祝福してあげなくちゃ可 笑しいよ。
 でもね、フィルマー。君は言ったよね?  女を泣かせるのは最低の男のやることだって、 あんなに笑っているエフィーが、なぜだか僕 には泣いてるようにしか見えないんだよ。
 これはどう説明するのさ。
 ねえ、フィルマー?


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