虹色の雪

秋月 ねづ

「今夜、雪が降るよ」
 そう妹が震える声で呟いた。雪が降るよ。
「そしたら、今年初めてだな」
 うす曇の空を見ながら、僕はそう言った。もしかすると本当に降るかもしれない。妹の部屋は石油ストーブがいつも燃えて蒸し暑いくらいだけれど、今日は今年一番の寒さなのだ。
「積もるといいな」
 妹はベッドに横たわって外をぼんやりと眺めている。もし雪が積もったとすれば、ここからは見える庭のつげの木が帽子をかぶったように白くなるだろう。
「ねえ、お兄ちゃん。何か話をしてよ。雪の話」
「いいよ」
 僕は学校では創作童話クラブだったので、適当に話を作るのが得意なのだ。僕は目を閉じて集中した。お話を作るのにはコツがある。『言葉の配線』をごちゃごちゃに混ぜればいい。
『昔、遠い昔、雪を降らせる仕事をしていたのは雲ではなくて虹でした。虹は頭があまり良くありませんでしたが、性格は真面目で、頼まれ事はしっかりとやるタイプでした。
 虹が降らせる雪といえば、それはそれは美しいものでした。色とりどりの雪でした。赤い雪や青い雪、紫の雪やピンクの雪。虹は凝り性だったので色の組み合わせにもちゃんと気を配っていたので、みんな虹のことを褒めて、彼の仕事に満足していました。特に雪の多いところで見られる、七色の雪断層はそれを見るために遠くからわざわざ人が訪れるほどでした。
 すべての人が幸せですべての人が満足だったのです。
 しかし、幾つかの冬が過ぎていくごと徐々に、人間達がおかしくなりはじめたのです。虹の降らせる雪の色によって人間達は気持ちを乱され始めました。赤い色の雪の日はイラだってみんな喧嘩を始めて、青い雪の日はみんな、沈んで泣き出しました。その人数は段々と増えていくようでした。
 虹はある日、偉い人に呼ばれました。
「何でこんなことになったのか僕には分かりません」
 と虹は泣きながら肩を落としました。虹はとても泣き虫なのです。
「お前は一生懸命にやりすぎたのだ」
 と偉い人は言いました。
「お前は、雪を作るのに精魂を込めすぎて、その力に弱い人間達は耐えられなくなったのだ」
 虹は黙ってますます泣き出します。
「虹よ。お前を雪作りの仕事から外そう」
 と偉い人は言いました。虹は泣きながら偉い人に取りすがって、それだけは許してもらえるように、頼みましたが、偉い人の決定はもう変えられませんでした。
「ではせめて、雲にこの仕事を」
 と虹は言いました。雲と虹は比較的仲が良かったので、どうせなら雲に引き継いでもらいたかったのです。雲はノンビリとした性格でした。頭もまあまあ良くて、虹がなんで失敗したのか良く分かったので、雪に何の手を加えずに、白いまま撒くことにしました。
 それから、雪は白くなり、人々はすぐ虹色の雪の事を忘れてしまいました。ただ虹だけが自分の仕事を愛していたので、いつまでも忘れずにいて、人間達の地上を見るのに涙無しではいられなくなりました。それから、虹が姿を見せる前には必ず雨が降るようになったそうです』
 僕が語り終わると、妹は眠そうに目を細めた。
「雪積もるといいな」
 妹はそう呟くと、目を閉じて眠ってしまった。僕はそっと立ち上がって、妹の部屋を出た。途中すれ違った母親に
「寝たよ」
 と言って外に出た。友達の家に行けたら行くと約束をしていたのだ。妹が思いのほか早く寝たので、僕は友達の家に向かって走った。
 僕の友達二人はキャッチボールをしていて、僕に気付いて手を振った。
 その日、僕は友達とキャッチボールして遊んだ。友達の一人が、帰り際に、
「今夜、雪が降るらしいぜ」
 と妹と同じことを言った。
「積もったら雪だるま作ろうな」
 と楽しそうに彼は言って、僕は頷いた。
 僕は家に戻りながら、世の中みんな雪が積もることを期待してるみたいだと思った。雪が積もらなきゃいいなって思ってるのは多分、僕くらいかもしれない。雪が積もって僕が友達と会いに行けば、外で遊べない妹は、僕が何をして遊んだか聞きたがるだろう。
 僕にはそんな話は苦痛なのだ。そんな話をするくらいなら、害のない童話を、作り話をした方がよっぽどマシだ。
「お兄ちゃん。今日は何してきたの?」
 僕はその質問を聞きたくないが為に、サッカークラブではなくて、創作童話クラブに入って、日々練習している。言いたくは無いが、創作童話クラブに男子は僕一人しかいないのだ。


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