彼女の部品

秋月 ねづ

 大音量のユウミンが『会いたくて、会いたくて』と誰かの名前を呼んでいる。そして、砂浜に打ちつける波の音、子供たちのはしゃぐ声、FMラジオのDJと色んな騒音が夏の海にはあった。
「わたしのどこが好き?」
 そんな中、彼女が僕にそう訊いた。僕はあくびをしてほっぺたを掻く。僕が彼女の好きなところを一つずつあげていったら、大変な量になってしまう。外側だけでも、髪質に始まって左足の小指の爪まで155項目もあるんだ。僕は砂に半分埋まった缶ビールの中に短くなった煙草を入れた。
「全部」
 と僕は言った。そう言うのが一番短くて一番正確だ。ビーチパラソルの中の砂は妙にひんやりとしている。ヒナタの砂は熱い。さっきビールを買いに、ウッカリ裸足で行ったら火傷しそうになったくらいだ。
「もっと具体的に」
 彼女はサングラスをずらして、僕に不機嫌な目を見せてから、寝返って、緑と黄色のビキニからはみ出たお尻に付いた砂を払った。砂が付いていた太ももは押されて赤くなっている。彼女が体を動かすたび、潮風にココナッツオイルの匂いが混ざる。
「とにかく沢山あるんだよ」
 僕はそう言って、新しい煙草に火をつけた。僕らの目の前を二人連れの男が、彼女の背中からお尻から足を眺めながら通り過ぎて、僕は『これは僕のものです』という目で男たちを見上げた。
「結局、あんたは考えたことも無いのよ、私のどこが好きかなんて。頭悪いもんね。勘だけで生きてるもの」
 と彼女はハッキリ僕の欠点を指摘して、僕は少しムッとした。確かに現状だけをとってみても、彼女は国立大学の一年生だったのに対して、僕は工業高卒で車の修理工だった。
「じゃあ、俺のどこが好きなんだよ?」
 僕がそう訊くと、彼女は小さく笑った。彼女のかきあげた、細くて茶色い髪の毛が、塩で少しこわばっている。彼女はもう一度寝返りを打って、仰向けになった。
「全部」
 と彼女は嬉しそうに言って、可笑しくなったのか腕で目をふさいで笑った。遠くの盛り上がった波間では、少年たちが遊泳区域のブイを越えようとして、黄色とオレンジのビキニパンツとキャップをつけたいい体の監視員に笛を吹かれて、拡声器で注意されている。
「なんだよ」
 僕はそう呟いた。同じじゃないか。
 彼女の細い手首には髪を縛るためのゴム紐が大きすぎるブレスレットのようにぶら下がっている。砂粒の付いたオナカが彼女の笑い声と一緒に上下した。
「私は、あんたが私をとっても愛してくれるところが、好き」
 僕が海に浮かぶ大きな浮き輪にはまった子供と、その傍に付き添う父親を眺めていると、彼女は僕の砂に突いた手の上に手を重ねてそう言った。
「顔も好きだけど、私の趣味って変わってるからなー」
 彼女はニヤリと笑って言って、もう一度笑う。僕は鼻を鳴らしてビールを飲んだ。買ったときあんなに冷えていたビールも残り三分の一くらいになると生ぬるくなってしまう。僕はその不味いビールを我慢して飲んでいるのだ。早く飲んでしまって、ひんやりとしたやつを買ってこなければ。
「上手く言えないんだけどさ」
 と僕は言う。彼女は仰向けのまま膝を立てて、首だけで僕の顔を見た。彼女のつるりとした滑らかな肌は今朝よりも幾分、浅黒くなっているようだ。
「俺はお前のいい所の組み合わせが好きなんだと思う」
 僕はそう言って、ビニールシートの上に寝そべった。カサカサとしたトリコロールのビニールシートには海風で砂が散っていて、寝転んだ僕の汗ばむ体にも付着した。
「その声とか姿とか性格がたまたま一緒になったから、俺はお前を好きになったって思うんだ」
 僕はそう言って目を閉じる。暗闇の中で波の音が一際大きくなったように思える。パラソルの日陰から出た僕の右腕に当たる日差しは物質として掴み取れるほど重い。
「お前の全部。何が欠けても駄目だった。お前を形作るすべての部品の選択が素晴らしかった」
 僕はそう言う。そうだ。部品の相性が抜群だった。出来のよい車のみたいだ。ピストンはクランクにそのパワーを余す所なく伝えて、その動力は少しも削られずに滑らかに車輪へと伝わっていく。
「もちろん。上等でない部品だってある。でも、それだってお前の魅力を落とすようなダメなものでは、全然ないんだ。どっちかといえば、むしろそれは個性で、お前の魅力を高める働きをしてる。全部が完璧な女なんて、かえって可愛くないもの」
 僕はそう言った。潮風が涼しく流れて、僕はその海の香りを肺一杯に吸い込んだ。僕は海の匂いを楽しむ。目を開けて彼女を見ると、彼女はまたうつ伏せに戻って、僕の顔を見ている。
「で?」
 と彼女は頬杖をついて訊く。僕はさっき彼女がやっていたように、腕を目に当てて少しだけ微笑んだ。
「お前がここまで育ってくる途中で、いくつもの別れ道があった。その道の選び方次第で、お前は全く別の人間になっていたかもしれない。そうしたら、俺はきっとお前を好きにならなかっただろう。俺はお前がお前だから、お前の全てを愛してるって言えるんだ」
 僕がそう言うと、ココナツの匂いがフッとよぎって、僕の口元に柔らかい感触がした。彼女が僕の口の切れ目に唇を押し当てたのだ。
 そうだ。僕が一つだけ彼女の特別愛しているところをあげるとしたら、それは唇だろう。彼女の唇は僕の唇とピッタリ合った。元々は一つだったみたいに。彼女の唇はいつだって僕に恍惚をくれて、その感触は僕が彼女の為に、彼女が僕の為に存在してるんだっていう自信を僕に与えた。僕は僕の持ってる全部で精一杯彼女を包み込むだろう。その代わり君は僕にキスをしてくれ。そうでないと、僕は自分が彼女につりあう男だっていう自信を無くしてしまうんだ。
「俺たちは相性がいい」
 と僕は言って、緑と黄色の水着を着て砂浜に寝そべる僕の彼女は
「へへへ」
 と笑った。


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