二つのよいウソ


原案 こがらし
作 秋月 ねづ

「先輩って嘘、キライですか?」
 飲み会で隣に座ったユカが言う。
「良い嘘なら好きだよ」
 そう言って僕はニッコリと笑う。
「良い嘘って?」
 ユカは面白そうに目を丸くする。
「例えば、一生バレない人を幸せにする嘘、すぐにバレる人を楽しませる嘘」
 僕は手に持ったグラスのオレンジ色の酒を見ながらゆっくりと言った。ユカは僕の答え を聞いて表情を曇らせて少し黙っていたが、決心したように僕を見た。
「先輩。深刻な話なんですけど、聞いてもらえませんか? 私、嘘をついてるんです。先 輩が言うような良い嘘だと、自分では思います。でも、不安なんです」
 僕は肯いた。サークルの飲み会はもう後半に差し掛かって、いくつもの小さなグループ が複雑な会話を交わしている。そういうダレた時間に女の子から話題を提供してくれるな ら大歓迎だ。僕はただ耳を傾けながら酒を飲めばいい。
 ユカは不安そうな目を僕に向ける、そして両手でグラスを包むように持って、俯いて小 さな声で語り始めた。
「ユカちゃんには、アヤちゃんていう、母親の違う妹がいました。アヤちゃんのお母さん は早くに死んでしまって、彼女はお父さんからの仕送りで一人、暮らしていましたが、そ のうちにお父さんも死んでしまいました。
 お父さんは本当に一人になってしまうアヤちゃんを心配して、遺言状に彼女をユカちゃ んの家に引き取るように書いて、その通りにアヤちゃんはユカちゃんの家に来ることにな ったのです。
 ユカちゃんとアヤちゃんはすぐに仲良くなりました。お互いのことがとても良く分かっ たし、顔も双子みたいにソックリだった。でも、ユカちゃんのお母さんはアヤちゃんを良 く思ってませんでした。夫の半分を奪った憎い女の娘としか思えなかったのです。
 ユカちゃんは二人を仲良くさせようと色々と必死でした。彼女には、アヤちゃんの方は ユカちゃんのお母さんのことが嫌いじゃないのが分かっていたので余計に何とかしなけれ ばと思っていたのです。
 でも、悲劇は起きてしまいました。ユカちゃんのお母さんはアヤちゃんが来てからお酒 を沢山飲むようになっていました。そのお酒が、日に日に深まっていった、アヤちゃんへ の憎悪を爆発させてしまったのです。
 ユカちゃんが帰宅すると、ユカちゃんのお母さんはアヤちゃんをメチャメチャに殴って いたのです。ユカちゃんが止めた時には、もうアヤちゃんはぐったりとしていました。
 アヤちゃんは最後に「アヤはお母さんと仲良く……」と言って死んでいきました。お母 さんも警察に捕まって、ユカちゃんは一人ぼっちになってしまったのです。 おわり」

 ユカは話し終えると、赤く潤んだ目で僕を見て寂しそうに笑った。
「ごめんなさい。ちっとも嘘の話じゃないですね。タダの身の上話をしちゃいました」
 僕は溜め息を吐いて、首を振った。
「いや、僕には分かったよ。それって、『一生バレない人を幸せにする嘘』なんだろ。君 は途中から、僕にも言うのを止めようと思ったんだろうけど」
 ユカは軽く下を向いて唇を噛んだ。
「どういう意味ですか?」
 僕はもう一度深く溜め息を吐いた。
「ユカちゃんはお母さんに冷たくされるアヤちゃんの役を時々、引き受けていたんじゃな いのかな。似てるといっても身代わりには限度があっただろうけど、泥酔したお母さんに は服を変えるくらいで十分だったのかもしれない。最後の日も二人は入れ替わっていた。 ユカちゃんはアヤちゃんの為に殴られるのも引き受けてあげたいと思っていた。
 だから死んでいく時、彼女は「アヤはお母さんと仲良く……」って言ったんだ。「仲良 くしたかった」じゃないんだ。「仲良くして」なんだ。
 つまり今、ユカちゃんとして生きている君は、ほんとはアヤちゃんなんだろ? それで その嘘をお母さんに一生付き続けるつもりなんだ。お母さんが自分の娘を殺したことで、 自分を責めないように」

 僕がそう言うと、ユカは口を開いて何かを言おうとした。その時、ユカの鞄の中で携帯 電話が鳴った。ユカは急いで出る。
「あっ、お父さん。うん、うん、もう帰るよ。え? アヤが怒ってる? しまった! そ う。勝手に服借りたの。ゴメンて言って。うん、そういうこと。じゃね」

 あっけにとられる僕を見て、彼女はニッコリと笑ってこう言った。
「先輩。楽しかったですか?」


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