O・ヘンリは洗練されている。
無駄のないスマートな文章と切れ味の良い結末。
滲み出る優しさとユーモア。
僕は文章が書けなくなると、O・ヘンリを読み返してみる。
彼は短編小説を書くということがどんなことなのか、いつだって、余すことなく教えて
くれる。
O・ヘンリは僕が中学生の頃、好きだった女の子が好きだった作家だ。
僕にとって、それはちょっとした三角関係みたいなもので彼女が「彼ってステキなのよ」
って言うたび、なんだか微妙な気持ちになった。
僕は当時ほとんど本を読まない少年だったから、彼女が半ば強制的に貸してくれたO・
ヘンリを二週間ほどほったらかしにしてたら、感想を強要されてしかたなく一日、一編ず
つゆっくりと読んだ。
『警官と讃美歌』から『都市通信』までの三巻46編を僕は約一ヶ月半かけて、寝る前
に読んで、毎日一編ずつの感想を彼女に話した。
この馬鹿げた僕の日課を結構彼女は気に入ったらしくて僕が彼女に感想を言う前に、彼
女はその編を一度読み返して僕の話を聞くようになった。(彼女は本を読むのが恐ろしく
速かった)僕らはちょっと長い二時間目の休み時間を読書感想の時間にあてて(なんと!
残念なことにその時間、僕の男友達たちはサッカーに興じているのだ)約一ヶ月間、じっ
くりO・ヘンリについて語り合った。
僕らの趣味は驚くほど合わなくて、僕は彼女の好きな『最後の一葉』の良さが分からず、
彼女は僕の好きな『都会の敗北』を陳腐だと言った。二人の間で、意見が合ったのは『賢
者の贈り物』と『心と手』が名作だということくらいで、それさえお互いの最大の譲歩だ
った。
でも、そうやって僕はO・ヘンリを全部読んだ。
もしかして、僕が短編小説を書きたいと思うようになったのもO・ヘンリの影響かもし
れない。
それと今、僕の手元にあるO・ヘンリ短編集は何でだか知らないが、彼女のものなのだ。
多分返し忘れたのだろう。
背表紙の裏に書かれた中学生の彼女の覚え書きを見るとき、こんなにも彼女に愛された
作家を僕は妬ましく思うのだ。
「最高!」
中学生の彼女はO・ヘンリ短編集(三)の背表紙裏にただ一言、鉛筆の字でこう書いて
いる。
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