Breakable

KENSEI

 鈴木のアパートは比較的片付いていた。こいつの性格からすると乱雑な部屋に違いないと思いこんでいたが、聞けば気合をいれて掃除した所為らしかった。
 今日集まるメンツに狙っている仁科がいるから、あまり無様なことはできないのだろう。
 俺はみんなより一足先に着いたので、まだ誰もいないリビングで待つことにした。鈴木は台所で酒の用意をしている。つまみは後からくる奈緒子たちが調達してくる。俺はソファに座ろうとしたが、尻に固い感触がして、腰を浮かせた。手で探ってみるとこれは、コンパクトというのだろうか? 女性が化粧に使う。そいつがソファの隙間に入り込んでいたのだ。
「おーい!」
 俺は取り出すと、ソファに腰掛け白く丸いコンパクトを振って見せた。鈴木が台所から顔をのぞかせて、あわてて駈け寄ってくる。
「真柴くん! キミなにか誤解してるよ。うん」
「え、俺、なにも見てないけど。ただ、急に腹が減ってきたかな。焼肉でも食いてー!」
「……」
「明日急に腹が減るなきっと。明日の午後7時ごろ」」
「俺も明日焼肉食べたくなった。よかったらおごるよ」
 俺の手から鈴木がコンパクトを引ったくろうとする。
「そりゃごちそうさま」
 俺は素早くポケットにしまいこんだ。明日の7時が楽しみだ。うらめしそうな鈴木の視線。鈴木は彼女がいないと公言していた。こりゃあ前の女と切れてないんだな。俺は勝手に推測した。意志表示ってやつだ。長い髪の毛をやたら残したり、トイレットペーパー三角にたたんだり。二股かけられているとふんだ女が宣戦布告しやがった。怖いねえ。俺は内心苦笑しながら台所に去る鈴木を見ていた。
 ほどなく他の連中が到着した。仁科も鈴木の部屋のキレイさに感心していた。自宅で呑み会を開いた甲斐もあったというものだ。もっと他の魂胆もあるかもしれないが。奈緒子は台所で鈴木を手伝っていた。俺も多少は手伝わないと後が奈緒子はうるさい。俺は台所へ歩いた。奈緒子が笑顔を返してきた。鈴木は盆を持ってリビングにグラスを運んでいく。
「あれとって」
 奈緒子は食器棚の上にあるガスコンロを指差していた。俺は手を伸ばそうとして、Gパンのポケットにつっかる不快感があるので、取りだして胸ポケットに移そうとした。しまった。焼肉のタネだった。
「え、なんでアタシのコンパクト持ってるの?」
 手のひらにあるコンパクトを見て奈緒子がうれしそうに言う。腹がくびれるみたいに震えがきた。
「……」
「困ってたんだよ。なんだ、真柴の部屋で落としたんだ。良かった!」
 これ……は……どういうことだ??
「鈴木の部屋で見つけたんだけど……」
「……」
 鈴木を横目で一瞥する。青ざめていた。奈緒子の瞳が右上に動くのを見た。
「これ違うよ。よく見たらワタシのじゃないよ」
 俺はその言葉を聞いた瞬間、こみ上げてきた震えを抑えなかった。
「そうか。じゃあこうしていいんだな」
 奈緒子が息を呑むのを感じた。俺は思いきりコンパクトを床にたたきつけた。
どこか間抜けなあっけない音を立ててコンパクトの鏡が割れていた。なんて壊れやすいんだろう、と思った。
 終わり、だな。こなごなだ。


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